
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と米Akamaiが5月に発表した、「決済速度2秒以下、毎秒100万件取引」を可能にするという決済特化型の新型ブロックチェーン。
新型ブロックチェーンのシステム構成(MUFG提供)
パブリック・ブロックチェーンである仮想通貨、ビットコインの取引処理速度は毎秒2~7件で、イーサリアムは最大でも毎秒15件。ブロックチェーンではないが高速な取引ができるといわれる仮想通貨リップルでも毎秒1500件の処理速度であることから、毎秒100万件というまさしく桁違いの速度は驚きをもって迎えられた。
なぜ、MUFGとAkamaiはブロックチェーンに注目し、このような高速性能を実現できたのか。三菱UFJニコス常務執行役員の鳴川竜介CTO(最高技術責任者)と、アカマイ・テクノロジーズ新村信CTOに、新型ブロックチェーンの誕生秘話を聞いた。
●ブロックチェーン開発のきっかけはMUFGの「こだわり」
「実は3年ほど前にMUFGさんから、少額決済の仕組みを相談されていて、いくつか提案していたのだが、『こんなものではない』とずっと却下されていた」と明かすのはアカマイ新村CTO。
「逆に、『なんでブロックチェーンをやらないのか』と言われ、初めは『そんなものできません』と答えていた」(新村CTO)
これに対し、「いや、できるはずだ」と背中を押したのがMUFG鳴川CTO。
「全世界に24万台という等質なサーバを持っていて、ほぼ同じ性能のコンピューティングパワーを持っていて、しかもレイテンシをほぼ0で通信できる。ここでブロックチェーンを動かしたらどう考えても高速に動くはず」(鳴川CTO)
「鳴川さんからなんでもいいからできるように持ってこいと言われて、『じゃあ』と考えてみたら『これは確かにできるかもしれないな』と。米国の研究チームにも提案・検討したところ、プロジェクトを進めることに。やっているうちにすごいものができてきた」(新村CTO)
新村CTOは、ブロックチェーン技術については早くから画期的だと感心してはいたが、「まさか自分がそれを真剣に考えることになるとは思っていなかった」と話す。
「僕はブロックチェーンの専門家ではないから『Akamaiのインフラならできる』と単純に考えてしまったのだが、それをぐりぐりと押しつけたら実際にできた」と、開発の初めはそんな押しつけだったことを鳴川CTOはおちゃめに語る。
CDNサービスのAkamaiが持つ、初めての永続データに
Akamaiが担うCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)サービスは、オリジナルのサーバデータをCDNサーバ群が一時的に保持し、ユーザーへリクエストデータを効率的に配信するサービスだ。つまり、Akamaiが持つサーバにキャッシュデータはあっても、永続的な保存データはこれまでなかった。
「永続的なデータを持つならば何重にも多重化した巨大な構造化データベース(DB)を構築し、専用の運用部隊を編成しなければならない。それは会社として望んでいなかった」(新村CTO)として、これまでそういった永続データを保持する類いの案件は全て断ってきたという。
「ブロックチェーンを使うのも最初『いやだ』と言ったのも、永続データを持ちたくなかったから。でもちょっと待てよ、ブロックチェーンなら(構造化DBを構築しなくても)従来の配信サービス同様の運用方法で永続データを持てるな、と」――検討を始めてから真剣にブロックチェーンを勉強してみて、新村CTOはそう結論した。
「たまには素人感覚もいいことがある」――鳴川CTOは2年前の「押しつけ」をそう振り返った。
●決済システムをブロックチェーンで行うメリットは「安くて楽」
では、なぜ「決済システムにブロックチェーン」だったのか。開発結果としては高速処理も実現できたが、もう1つのもくろみは「既存システムに比べて極端に安くできる」ということだった。
「ブロックチェーンの天才的な発明の1つに、フラットなファイルでセキュリティと不変の安全性を提供しているというものがある。これをセントラルDBでやろうとすると大変なメカニズムが必要」と新村CTOはいう。
「DBではトランザクション1つを書くのに、DBをロックして書き込んでロック解除、次のトランザクションでまたロック、書き込み、ロック解除……と、丁寧に処理する。スピードを上げるのにも限界がある。さらに2フェーズコミット(※)なんて入れた日には目も当てられない」(新村CTO)
(※2フェーズコミット:複数のサーバにある分散DBの更新処理を同期する仕組み)
「一方で、ブロックチェーンは基本的にファイルにデータを付け足していくだけ。DBのようなボトルネックがないので、スピードが落ちず、ハードウェアの性能をダイレクトにシステムに反映できる」とブロックチェーンの革新性を語る。
「ブロックチェーンはコンシューマー向けの安いハードウェアで動くよう、ものすごく工夫されている。ただ、さまざまな要因でビットコインなどではスピードが出ないので、皆さんそこで思考を停止されていると思うのだが、ファイルに書き込んでいく部分だけはものすごく速いはず」(同氏)と、本質的な速さと設備の簡便性を説く。
MUFGの鳴川CTOも「僕らもやはり、値段の規模感を見た時に『(こんなに安くできるなんて)ウソだろう』と最初は思った。だからか、周りからもそのように見られがちだが、実際にできてしまった」と経緯を話す。
「従来のペイメント向けDBではサブシステムはもちろん、ディザスタリカバリー(災害復旧体制)は必須。同じ場所に二重三重にサブを用意した上に遠隔地にも2つくらい持つことも。それらの同期しないといけないというとんでもなく大変な作業がいるのだが、ブロックチェーンにはそういった投資が一切要らない」(鳴川CTO)
従来のDBでは専用のシステムをそのために用意する必要があったが、ブロックチェーンはAkamaiがCDNに利用しているような比較的安い市販のハードウェアで動く。Akamaiのサーバ群も既に分散しているので、それらのサーバでブロックチェーンを運用すれば分散性も十分確保できる。
これが、金融決済システムにおけるブロックチェーンの技術的なブレークスルーだという。
●毎秒100万件実現はブロックチェーンの本質を突き詰めた結果
新型ブロックチェーンは概念実証段階(PoC)の評価が終わった段階。本番環境では毎秒100万件の取引処理と2秒以下での決済完了を見込めるとしており、さらには毎秒1000万件まで展望できると鳴川CTOは話す。
いくら原理的に高速とはいえ、これだけの高速処理の中で合意形成アルゴリズムや耐改ざん性がどのように実現されているのかというのは疑問に感じるところ。
こんな疑問に対し、新村CTOは「基本的な強度はビットコインと同じ」と応える。
「系全体として、ビットコインと同じになるような構造にしているため、(合意形成や耐改ざん性も含め)数学的モデルとしては極めてビットコインに近い」と新村CTO。
「詳しく話すことはできないが、PoW(Proof of Work、ビットコインなどが採用する合意形成アルゴリズム)とは異なる仕組みを採用している。PoWがビットコインの系全体に対して果たしている決定的な役割を別な方法で再現している。ブロック生成時間はあまり本質的ではない。とにかく言えるのは、参加しているコンピュータが全て同じ立場で、優劣がなく、その中でうまく多数決を行っているということ。それを新型ブロックチェーンでは再現している」(新村CTO)
決済の完了を2秒以内に行うとしている中で、特にファイナリティ(ブロックチェーン上に書き込んだ取引が確実に覆らないといえる性質)に掛かる時間だけでいえばたったの1.4秒。新型ブロックチェーンでは1ブロック生成時間を100ミリ秒としており、確率的に書き込みが覆る確率が相当に小さいといえる「確認数」を6回としている。
「100ミリ秒を6回で600ミリ秒だが、各ノードがトランザクションを上げてくるので中にはブロックにうまく取り込まれないトランザクションも出てくる。そうしたトランザクションも含め、1.4秒あればそのトランザクションが少なくとも6周期前のブロックに入るということをPoCで確認した」(同氏)
「つまり、ビットコインがやっていることをすごく短いピッチでシミュレートしているという話になる」と、鳴川CTOが補足する。
また、耐性評価については「第三者の研究所にPoCを確認してもらい、『特段問題は見受けられない』という回答をもらっている」(鳴川CTO)と不正なトランザクションやビザンチン故障に対する考慮はしっかりあることを強調した。
ブロックチェーンの本質
さらに、「日本のフィンテックベンチャーさんってブロックチェーンの上にアプリケーションを載せることを考えているだけで、本質を突き詰めているところってほとんどない」と新村CTOは指摘。
「ビットコインはコンピュータ科学的に見るとものすごい発明。研究テーマが山のようにある」と、ビットコインを熱く語る。
「もともと分散コンピューティングの世界では、合意をどう取るかというのは常に問題になっていた。PoWという緩い結合で、ブロック生成を進めていくと結果として合意が取れていたというビットコインの発明も天才的」(同氏)
「多数決論理は1960年代のアポロ宇宙船で培った技術。それをステップバイステップで進めていくことしか、専門家たちは考えていなかった。タンデムもストラタス(※)もそう。それを、ステップバイステップで合意を取らず、ブロック生成の結果として合意が取れている。そこに複雑で高度なハードウェアは一切いらない」(同氏)
(※タンデム、ストラタス……金融機関のトランザクション処理などに向く無停止コンピュータを製造する企業。タンデムコンピューターズは米ヒューレット・パッカードに吸収された)
そんなビットコインのブロックチェーン技術だが、「そこではないところに焦点が当たってしまった」と鳴川CTOは続ける。
「ビットコインはサイバーパンクだったりサイバーアナキストという人たちが、国や中央金融機関の束縛から逃れるために作るという方向に行ってしまった。それで、メカニズムそのものを掘り下げようという人があまりいなかったのではないか」(同氏)
「ビットコインのブロックチェーンは数学的には素晴らしいもの。非中央集権ということは忘れて、メカニズムとしてどれだけパフォーマンスを追求できるかと試してみると、ブロックチェーンは結構すごいということ」――鳴川CTOはそう分析する。
●クレカのオーソリコスト軽減やIoTの「使った分だけ課金」など見込む
MUFGとAkamaiは、そんな超高速の新型ブロックチェーンをペイメントでどう活用するのか。大きく分けて、「クレジットカードの少額決済」と、IoTの「使った分だけ課金」に商機があると見込んでいる。
クレカのオーソリコスト軽減
クレジットカードは、基本的に決済のたびに与信確認(オーソリ)をするため、決済ごとにオーソリの手数料がカード会社に掛かる。つまり、少額での決済が続くとカード会社の負担となる。
そこで、カードの与信枠の一部をブロックチェーンに切り出すことでオーソリ頻度を減らし、決済も高速に行おうというのがMUFGのアイデアだ。
例えば、100万円の与信枠があるクレジットカードの10万円をブロックチェーンに切り出すとする。オーソリは切り出し時の1回でよく、ブロックチェーン側は、内部的に10万円分のトークンを生成する。
5円や10円といった少額決済をトークンで行うことでカード会社にはオーソリのコストが掛からず、10万円分を使い果たしたらまた一度オーソリを掛けて10万円分を切り出せばいい。
「クレジットカードは決済の手続きが非常に複雑であるため、ブロックチェーン上に組み込むのが難しい」と新村CTOはいう。それでも対応できるのは、ブロックチェーンのパフォーマンスを探求し、クレジットカードの現状を理解しているMUFGならではといえるのかもしれない。
IoT使った分だけ課金
また、「これからのIoTの課金はいわゆる月額課金のサブスクリプション型ではどこかで破綻すると思っている」と鳴川CTOは問題意識を持つ。
鳴川CTOは、スマート家電などIoT機器の利用は課金式になるだろうという立場に立つ。その上で、IoT機器が月額課金方式となるとどんどん増えていくIoT機器と1つ1つ契約を結ぶことになり、使うか使わないか分からないものに毎月多くのお金を払うことになってしまうと指摘。
「じゃあこれはいらないといって契約を消していくと、そのIoT機器は使えなくなってしまう。せっかくシェアリングエコノミーのようなことがIoTを通じてできる可能性があるのに、スポイルしてしまう」(鳴川CTO)
そうならない世界にするには、IoT機器の課金はサブスクリプション型ではなく、キャッシュオンデリバリー型、つまり「使った分だけ課金する」方式になっていくべきだというのが鳴川CTOの意見だ。
すると、一度当たりの利用料金に、5円や10円といったような少額の決済が多数発生することが見込まれる。
従来のシステムではこのような少額決済は決済コストが高すぎるため、やりたがる企業がいなかったが、新型ブロックチェーンをここに導入することでより安い決済が可能になり、IoTの参入障壁も下がるのではないか――鳴川CTOはそう分析する。
新村CTOも、「いろんな業界と水面下で話していると、数十円のものを売りたいという人は結構いる。ただ、それをやると今は赤字になるのでやっていないだけ」と潜在的な需要を見込む。
MUFGとAkamaiの「世界最速ブロックチェーン」は、19年度中に商用化する予定。決済に特化したインフラであるため、さまざまな立場の業者と提携を進めていきたい考え。
「IoTサービスの加盟店さんの立場で物事を考えることもあれば、そこにサービスを提供しているペイメント事業者さんがコストを下げたいというニーズもあるだろう。メーカーさんであればこういうIoTサービスを作りたいという需要もある。本当にどう活用していただいても構わない。安く皆さんに使ってもらえるビジネスにしたい」










