11月に京都に行った話の続きです。
朝、鴨川をふと見ると、鳥が朝ごはんの漁をしていた!
地下鉄駅に下りて、電車を待っていると、豪華列車みたいなのが来た。
電車待っているときに見かけた電車。これはどういう電車なのか。
その日最初に目指したのは東福寺。
東福寺は以前も行ったことあったが、11月の東福寺は初めてだった。
最寄駅出たところから、もう混雑の気配!
出店みたいなのとか、軽食処みたいなのとか、途中にあって、初詣に向かうような感じだ。
赤いけれどよれよれしてる。時期過ぎたのだろう。通天橋の方、人がぎっしりなのが見える。
橋の通路は、立ち止まらないでくださいという係員の声がしきり。
大きな楓の木が多い。楓の本数2000本だとか。種類もいくつかあるらしい。
上の方撮っているから見えないけれど、下の方は、人がうじゃうじゃ。
紅葉の森っていう感じだ。
遠足か花見のように、大勢の人が写真撮りまくっている。
1236年に、奈良の東大寺と興福寺から1字ずつとって名前をつけたという東福寺。敷地面積約24万平方メートルもあり、建物も巨大・・・東司(トイレ)も巨大。
この広い敷地内の手入れも、大勢の僧たちでやってたわけだ。
なんかちょっとした国みたいだな、と、大きな寺に行くとよく思う。
東福寺は、橋渡るにも庭見るにも、三門に上がるにも、別料金かかる。
市松模様の庭は以前にも見たので今回はパスした。
本堂の周りには、漬物やお菓子、軽食、器など出店がたくさんあった。
東福寺を見た後、泉湧寺に向かう。
途中、気になる名前の寺があった。明暗寺。明暗でみょうあん、と読むらしい。
尺八ふきながら、全国行脚する僧のゆかりの寺みたい。
泉湧寺への道は、住宅地を通り抜けていくのだが、途中、やきもの市をしていた。
お土産用に、箸置きを買った。
以前来た時、泉湧寺の前に、奥にある雲龍院を見ようと思って、雲龍院見てから戻ったら、拝観時間終わっていて、泉湧寺は見れてなかった。泉湧寺は、天皇の菩提所。
入り口の大門から、降り参道があり、仏殿が見えている。
1668年に徳川家綱によって再建された仏殿の中には、阿弥陀・釈迦・弥鞠の三尊仏(現在・過去・未来をあらわす「三世仏」)が安置されている。
天井の狩野探幽による「雲龍図」には圧倒される。他にも狩野探幽の作品がいくつかあり、泉湧寺に来れば、狩野派の絵って、こういう感じかーとよくわかるかも。
二階建てに見えるが、中は高い天井の一階建てで、天井の木の組み方も見て驚く。立派で。
外見は重層建築のように見えますが、じつは裳階の付いた一重入母屋造りの本瓦葺き建物です。大屋根の軒に扇垂木、組物は詰組、勇壮な花頭窓など、本格的な唐様建築(禅宗様式)の特徴を完備した代表作として、国の重要文化財となっています。泉湧寺ホームページ参照。
せっかくなのでお庭も見た。紅葉は沢山はないが、のんびり縁側(っていうのかな)でくつろいでいる人がたくさんいた。
立派な生け花。ここの、華道 月輪未生流は、皇族のために花を生けたのが始まりらしい。
東福寺の混雑=周辺の飲食店も混雑。
というわけで、途中の適当な蕎麦屋でお蕎麦食べた。
(続く)