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普段は教えを乞う立場の「大学生」が、
2週間だけ「先生」になってみて思ったこと。
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つい最近まで私は母校に教育実習に戻っていました。
そこで得た知識や学びや考え方を自分のためにも、その知識を必要としてくれる人のためにも書き残しておこうと今、この文章を書いています。
私は高校時代こそあまり出来た学生ではありませんでした。むしろ「出来損ない」。
母校はクラスが成績順で毎日小テストがあり、その出来次第で帰宅時間が変わるような学校でした。授業も毎日7限まである。嫌になるほど毎日毎日課題が出る。高校から入学後、中高一貫生の授業進度に高校2年の夏までに追いつくために、毎日ものすごい速度で進む授業を受けたり。校則もガチガチ。
そんな中で私は下の方のクラスにいたし、毎日残されて帰宅も遅かった。そもそも授業に取り残されて追いつくことが出来なかったです。
誰かに何かを直接的に言われなくても感じる、自分が如何に「出来損ないか」ということ。
自分のせいだから誰かを恨むとかそんなことは無かったけど、自分の「自己肯定感」や「感性」は死んでいく。
ただただ”感性”が枯れていくことを眺めていることしか出来なかった。
「挨拶の励行」とか言いながら、挨拶しても返事もしない教師もいました。なんなら学生にセクハラまがいのことをして辞めさせられた教師もいました。
そんな人たちのことを”先生”と呼んで教えを乞うて、”点数”を付けられているのかと思うと笑えてさえきたし、当時高校生だった私にはこの事実だけで高校をやめてやろうと何度も思える十分な理由になりました。
要するに私は母校が嫌いです。大嫌い。
そんな3年を過ごし、なんとか卒業して私は浪人しました。そして運の巡り合わせもあり、大学に合格し、晴れて情報系のことを学ぶ大学生になりました。
今の大学はとても刺激的です。知らない知識を大好きな先生について学べるし、自分で考えをもって発言できる。服装だって自由。自分のことを卑下する先生にも出会わない、むしろエレベーターに同乗した時なんかに「君が撮る写真は綺麗で素敵だよ。」と声をかけてくださる。
その生活をしていく中で、私の中で少しづつ学びたいことが定まってきました。
世の中の情報に「メディア」という媒体があるけれど、あれの本質は”伝える”ということ。
その究極の姿は大人から子どもにわかりやすく”伝える”【教育】なんじゃないか。
そこで私は「情報教職」という道を選択し、大学4年まで過ごしてきました。
もちろん苦難はたくさんありました。人より格段に単位は取らなきゃいけないし、提出物は多いし、最初14人いた情報教職も今は私1人になるくらいは忙しかったです。
大学3年では、教育実習の依頼書を母校に持って行くこともあり、本格的に教育実習を意識し始めました。その時にふと「なんで私はこの高校に行かねばならないのだろう。」といきなり心が重くなったりもしました。
でも行こうと最終的に思ったのは心のどこかで「この学校を少しでも好きになるきっかけが欲しい」と思っていたからかもしれません。
▷続く▷
教育実習での生活と、それに対して思ったこと
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