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あるとき気がついたんだよね。自分もロボットなんだって。だから人を傷つけるようなことはしたくないし、なるべくなら人に言われた通りに振る舞いたい。でも自分の心を守ることだって大切なことだろう? だから今日もぼくは悩み続けるってわけ。ほんとにロボットって大変だよ。人間に逆らうわけにはいかないんだから。
電子音の奏でる轟音に胸の奥底まで揺さぶられながら、人食い人魚姫に恋をする。そんな年頃はもう過ぎてしまった。
人間が空を飛べないなんて、誰が決めたんだろう。本当は飛べるんじゃないの。 飛べるのに忘れてるだけなんじゃない? 道端で流れる雲を見ながらそんなことを考えてたら、なんだか身も心も軽くなったんだ。その帰り道が大変だった。人に気づかれないようにしなくちゃならなかったからね。ぼくの足が地についてないのを。
大きくなりたいとか、大人になりたいとか、そんなこと思ったことは一度もない。 ちびだったから、いつも列の先頭から二番目ぐらいだったんだけどね。もちろん「ちび、ちび」言われるのはそりゃあ嫌だったよ。でも不思議なもんで、あまり気にしないでいるうちに高校の頃には平均よりちょっと低いぐらいまで伸びてたんだ。実力とかいうのも、案外そんなもんかもしれないよな。
怖かったからずっとしがみついてきた。しがみついたその手を離すことができなかったんだ。時折り放してみることもあったけれど、すぐにまたしがみつかざるを得なかった。でも、そろそろその手を、離してもいいような気がしてきてね。思い切ってぱっと離しちゃって、川の流れに身をまかせてみようか。
山道を歩いていたら、足元に無数の木の実が落ちていた。この一粒一粒の実には、大きな木になる可能性が秘められている。だからといって、全部が全部大きな木になれるわけじゃない。どの実が大きな木になるのか、どの実は芽を出す前に死んでしまうのか。それは誰にも分からない。誰にも分からないからこそ、そこには夢がある。
ぬばたまの闇の中で、修羅が降る音を聞いた。優しいその音を聞きながら、ぼくは夜について何を知ってるんだろうと考えた。ああ、何も知りやしないさ。でも、夜の奥底に潜んでいる闇の深さについて、本当に知っているやつなんて一体どこにいるって言うんだ。だからもしきみが、手の届かないほどのその深みの、遥かな水底に眠っている不思議な世界について、少しでも知っているというのなら、どうか教えてほしいんだ。その漆黒の闇の輝きについて、そしてその輝きが果てたところにあるという、有史以来話されたことのない沈黙の言葉について。ぼくがそんなことを考える間も、修羅は音もなく降り続けていた。絶対零度の闇の宇宙に、星が生まれようとしていた。
いつの間にかナボナはブッセになって、江ノ電が自由が丘を走る時代になった。そんな話を聞くと、調子に乗ってぼくは考えるのさ。まずい棒食べがてら銚子電鉄で、犬吠埼にでも行ってみるかって。とはいえここは西インド、砂漠のとば口の聖地プシュカル。そろそろ寒くなってきたのであんこう鍋でもつつきたいところだが、そいつは夢のまた夢だ。
馬がいる暮らしというのも夢があっていい。今を生きるために夢を見るのもいい。ここは砂漠の聖地なんだからラクダの夢を見るのもいい。ラクダが一頭七、八万だってさ。どうです、どなたかラクダを買ってみませんか。おたくで一頭飼ってみませんか?
早飲み込みが得意だ。人の話をよく聞かずに早合点して、いい加減なことを返事する。だからよく奥さんに怒られるんだ。聞く時だけじゃない。読むときもそうだ。ぱっぱっぱっと飛ばし読みをして、ちゃんと見もせずにわかった気になって、それで返事を書くからおかしなことになる。
「言葉はちゃんと噛み締めてから飲み込むのよ」
「はーい、そうしまーす」
返事だけはいいんだけど、ほんとにきちっとできるのかな?
∞. これからあと何人の使いがやってきて、一体どれだけのことを教えてくれるのだろう。こうして静かに神からの使いを待つ人生も悪くない。西インドの砂漠のほとりの小さな街プシュカルで、ぽくはそう思った。
☆本日のおすすめ短篇集。
・カフカ「皇帝の使者」(『寓話集』岩波文庫 所収 )
・ブッツァーティ「七人の使者」(『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』岩波文庫 所収 )
[初出 2018.12.03] [改稿 2018.12.11]