間宮先輩の仕事ぶりと日高課長が策士であることがわかったワイン氏
さらに汚れた医療業界を知る事になる
2009年は後半はリーマンショックの尾を引き、世間は不況で沈んでいた。
しかし、製薬業界はシェアオブボイス(宣伝した数が製品シェアを決める)を掛け声にどんどんMRの採用が進んでいた。
よく医療業界は不況など関係ないと言われるが、正にその様な感覚だった。
当時の日銀総裁の白川氏は金利を引下げ金融緩和で対策をするが、引下げ幅が小さく効果がほとんどないまま2009年が過ぎていく。
世間がお金を使わない中、製薬業界がバンバンお金を使う歪な金銭感覚になった事を覚えている。何か既得権益のある業界だけ得をしている様な変な感覚だ。
2015MR白書によると2005年から2011年頃までMR数は上昇。
そして2009年というのはMR資格を2010年に取得する為の人材を大量の採用していた時期である。
ではなぜこの時期たくさんのメーカーが人材を欲したのか。
1 期待のDPP4阻害剤の新薬が発売。
2 年間2000億円の先発医薬品が特許切れで後発品が発売。
1:期待のDPP4阻害剤(糖尿病治療剤)の新薬が発売
医薬品は広告ができない。これは薬事法によって厳しく規制されている。よって新薬が出た場合、医薬品のシェア獲得と瞬間最大風速の売上を記録するのは発売後2年目である。1年目は新薬の場合、市販後直後調査などで臨床試験では経験のない未知の副作用がないか初めて処方が出た施設で半年間国へ副作用がどの様な物で未知か既知かなど細かく報告しなければならない。処方も2週間処方と処方出来る医薬品の数が制限される。
2:年間2000億円の先発医薬品が特許切れで後発品が発売
製薬メーカーは大きく分けて2種類ある。一から開発し医薬品を発売する新薬メーカー、その新薬メーカーが開発した医薬品と同じ成分を使って安価に医薬品を製造する後発品メーカーである。
今回は年間2000億円を売り上げる高血圧治療剤の特許が切れた為、後発品メーカーが34社名乗りを上げて先発品シェアを全て掻っ攫う勢いだったのだ。
これを少しでも食いとめるべく先発メーカーは専属MRを期間限定で大量に雇い、人海戦術に撃って出たのだ。
もちろん上記の様な事だけではないが、医薬品が新しく出る事で新薬メーカーの医師への接待漬けは更に激しくなり、特に地方に行くと夜の街でMRやMSを見ない日はない程だ。地方都市は特に目立つのである。
激動の2009年はリーマンショックなど関係なく好景気の製薬業界だった。
間宮先輩が荒らした広大な畑を私が一から耕す事となり、当時の私が担当していたエリアを他メーカーは3〜4人で担当する地域だった。
競合メーカーは4人、私は1人。4対1で戦う方法を考える必要があった。
当時、日高課長からランチェスター戦略の漫画本を現状の相談をした際に頂いた。そこにはシェアが2位以下全てを弱者と定義しており、正に私は弱者だった。
そこで私が取る戦略はたった一つ。
弱者の戦略だ。
弱者は強者と差別化を図らなければ生き残れない。そこで取った戦略は局地戦での一騎打ちに出たのだ。
私の担当エリアでは4つの地区に細かく分けられる。その中で自社製品のシェアが高いが大きくダウンしている地区があった。そこも競合は力を入れて来ており、他社品も入れた市場も大きい地区だ。
私はそのエリアの売上上位20%で市場規模の大きい顧客だけターゲットにした。
これは2:8の法則(パレートの法則)を基本とした考え方だ。
パレートの法則とは、「2:8の法則」とも呼ばれる。 顧客全体の2割である優良顧客が売上の8割をあげているという法則のこと。
これらのターゲットに競合メーカーも1人で対応している。
そう、これで局地戦に持ち込み、接近戦にもなった。4人を相手に満遍なく勝負するのは強者の戦い方だが、私は弱者だ。弱者も1対1なら負けない。
製品と販売力には自信があった為、一気に競合を潰しに行こうと考えたのだ。
まず、顧客の反応がどうなったら私は何をするかを考えた。
ただ闇雲に訪問するだけでは成果を期待するのに時間がかかる。
そして私だけではなく他のエリアの困っている仲間や後任に役に立つ様に再現性を担保する必要があった。(むしろ再現性のない行動は無能と同じである)
顔を見てくれる様になったら説明会を申し込むと言う様に顧客の反応をしっかり見定め、それに合わせて打ち手を考えていく。
その為に週一回ローテーションで訪問できるスケジュールを作成。そして用がなくても顔を見せに行った。事前に何通りも考えていたプラン通りの反応があった場合、どんどんアクションをしていく。プラン通り行かない場合もその都度考え、行動していく。行き詰まったり、上司や仲間の協力を得ながら攻略していくのは本当に楽しかった。
そしてただ継続させた。
がむしゃらに朝7時に訪問する顧客から夜の22時頃まで待たないと会えない顧客まで毎週毎週会いに行った。
全ては信頼を取り戻す為だ。
1年後
担当エリアのシェアは回復し逆転、売り上げも増加。
ここでの実績や再現性のある行動が評価され入社2年目でチームリーダーへ昇格。13名のチームを任される様になった。
私は信頼とは安心できるコミュニケーションであり、継続性であるという事を体験した。
いつも顔の分かる人が来てくれるのはいつの時代も誰もが安心する。信頼は継続的なコミュニケーションで安心を与える事なのだろうと強く感じた。
一方でハンバーグ屋さんで起きた信頼を簡単に落とす体験も語ろう。
説明会の為のお弁当を頼む為ハンバーグ屋さんへ向かった。
店員「いらっしゃいませ。」
ワイン「すいません。〇〇さんに聞いて伺ったのですが、こちらでハンバーグ弁当を扱ってますでしょうか?」
店員「あ、ありがとうございます。はい、取り扱っております。」
この当時製薬メーカーが頼むお弁当に特化する企業は少なく、お弁当を朝から作ってくれる業者を探すのが大変だった。
基本的には高級料亭の割烹などをお弁当にしてもらったり、有名なステーキハウスや高級焼肉屋などが主流だった。
しかし、私の配属になったメーカーは予算があまりなく、最低限の価格しか出せない。そこでお弁当は普段やってないが1個1500円までのお弁当を作って欲しいとお願いする事も少なくなかった。業者からすると1個1500円のお弁当が10個〜20個予約で確実に売れる商売は広告費を考えると儲かるだけでなく宣伝効果としてもコスパが良く、瞬く間にお弁当を扱う料理店が増えた。
ワイン「ハンバーグ弁当を10個お願いします。私は〇〇製薬のワインと申します。」
店員「あ〜〇〇製薬さんだったのですね。以前から間宮さんにはお世話になってます。」
ワイン「あ、そうなんですね。間宮さんもこちらに来てたのですか。」
店員「はい。たまにご家族でも来てもらってました。」
ワイン「そうですか。最近私と担当が変わりましたのでこれから宜しくお願いします。」
店員「はいお願いします。あ、そうそう間宮さんがまだ支払ってない請求書があるんですが、これワインさんがお支払いしていただけるんでしょうか?」
ワイン「え?何ですかそれ?いつの分です?いくらですか?」
店員「え〜と、半年前の分ですね。8万円になりますね。ず〜っと払うって言いながらなかなか来て頂けなくて。」
ワイン「これ、私が一旦預かります。ちょっと間宮さんに確認しますので。」
間宮さんはお弁当代を8万円支払っていなかったのである。しかも半年前の請求書。当然だがまず本人が覚えているか確認した。
ワイン「間宮さん、〇〇のハンバーグ屋さん覚えてます?」
間宮「お〜あそこ美味しいよね。どした?説明会のお弁当で使うの?」
ワイン「そうなんですよ。今度使おうと思いまして。ご家族でも使ってたんですね。店員さんが間宮さんが良く来てくれてるって言ってました。」
間宮「そうそう。あそこは美味しいからね。間違いなく先生や看護師さんは喜んでくれるよ。」
ワイン「あと、間宮さんに話があるって言ってましたけどハンバーグ屋さん。なんかあったんですか?」
間宮「・・・・話?!あ〜多分嫁さんが個人的に今度使うからかなぁ〜・・・」
ワイン「本当にその話ですか?何か忘れてません。もしくはわざと忘れたふりしてません?」
間宮「え?・・・あ・・聞いた?お金の話?」
ワイン「はい。聞きました。いつ払いに行きます?」
間宮「明日行くわ。ごめん迷惑かけて!!すまん!!」
ワイン「本当に気をつけてくださいね。ハンバーグ屋さんには僕から明日いくそうですと伝えておきます。支払ったら教えてください。」
間宮「わかった。」
こうして間宮さんは翌日支払いに行く事を了解してくれた。
私も出来るだけ穏便に済ませる為、間宮さんを信用し上司には報告しない事にした。
そして
ハンバーグ屋さんから電話があった。
ワイン「お、間宮さん支払いしてくれたかな。」
店員「あ、ワインさんですか。本日来られる予定の間宮さん何ですが、まだ来てないのですが、どうしましょう。会社へ電話して宜しいですか?」
ワイン「え?すいません。すぐ電話します。行かせますのでもうちょっと待ってください。」
店員「もう、お店は閉めますので明日来てくださいとお伝え下さい。」
ワイン「わかりました。伝えます。本当にすいません。」
間宮先輩は支払いに行かなかったのだ。
私は怒りの電話を入れた。
しかし彼は出ない。
私の中で間宮先輩は最低の人間になりつつあった。
普段、カッコつけて先輩風吹かして、アドバイスしてくるのに顧客からの信用はゼロ。更に弁当代は踏み倒す。上司への実績の度重なる嘘も普段から耳にしていた。
もう救いようがない。
言いたくはないが日高課長に全てを伝えるべきだと決心した。
次回予告
信頼を取り戻す為、粉骨砕身仕事をしたワイン氏
その裏で間宮先輩に振り回される事になる。
次回:会社への恐怖
作者