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『砂漠の風』_短編小説

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  • 横紙やぶり
  • 2018/11/25 13:50
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※ 2~3分で読めるショート・ストーリーです。

 お父さんと僕は、砂漠の小さな小屋で暮らしている。砂漠で暮らし始めるまえは街に住んでいた。お父さんは街のみんなに嫌われていた。彼らが何も持っていないことを批判しすぎたからだ。街がお父さんを追い出したのか、お父さんが匙を投げたのかは分からない。おそらく両方だと思う。とにかく、お父さんと僕は街を出ていった。

 砂漠で暮らし始めたころ、お父さんは砂漠ばかりを見つめていた。街の一日も短いが、砂漠の一日はもっと短い。朝、東から昇った太陽は一直線に西に進み、あっというまに夜になる。そのあいだ、お父さんは何も話さなかった。僕も何も言わなかった。太陽が沈むと、お父さんと僕は夕食をすませて、それぞれのベッドに横になった。

 ある日、お父さんは夜明けとともに家を出ていき、日が沈むころに帰って来た。僕が用意した夕食を食べると、お父さんはベッドに横になり目を閉じた。あくる日も、その次の日も、お父さんは夜明けとともに家を出て、日が沈むころに帰って来た。僕はお父さんが何をしているのだろうと思って窓から砂漠を見てみた。お父さんは砂漠に吹く風になっていた。今でもそうだけど、あの頃から世界には何もなかった。それなのにお父さんは、砂漠の果てまでめぐり、砂に丁寧に息を吹きかけて、たくさんの美しい絵を描いていた。

 でも、お父さんの絵は朝にはいつもなくなっていた。夜になると砂漠には、宇宙を覆うほどの大きな虚無が眠りにくるからだ。虚無は大の字になって砂漠に寝っころがり、すさまじいイビキをかいて眠る。その轟音で、お父さんの絵は吹きとばされてしまう。朝になると、虚無はどこかへ行ってしまう。けれども、彼が眠ったあとには何も残らない。それでもお父さんは、夜明けとともに家を出ていった。

 お父さんが出かけるとき、僕は一度だけ聞いたことがある。世界には何もないのに、朝にはどうせなくなってしまうのに、どうして砂漠に絵を描くのかを。

 お父さんは振り返ってこう言った。「どうしてかは、今おまえが言ったとおりだよ。世界には何もなく、朝にはなくなってしまうからだ」。お父さんはそれだけ言うと、いつものように家を出ていった。

 それから、僕は毎日砂漠を見つめた。お父さんがどのくらいの年月、砂漠に絵を描き続けたのかは分からない。何百年かもしれないし、何千年、何万年かもしれない。でも、来る日も来る日も窓からお父さんを見つめ続けて気がついたことがある。それは、お父さんが描きたい絵を描いているのではないということだ。お父さんは街にいたころ、人々に何も持っていないと批判していた。お父さんは、本当は人々が持つべきものを、本当は世界になくてはならないものを描いていたのではないだろうか。毎日砂に埋まってしまう、世界に必要なものを、丁寧に息を吹きかけて砂漠から発掘していたのではないだろうか。

 僕がそのことを聞こうとした朝、お父さんは起きてこなかった。お父さんはベッドに横になって目をつぶっていた。ただ疲れきっていた。お父さんは僕を見ると「お父さんは、もう死ぬ」と言った。僕もそうだろうと思った。お父さんの吐く息では、もうホコリさえ舞いあがらなかった。涙が勝手に流れてきた。お父さんが言っていることを信じなかった人々、街を出たこと、小屋での暮らし、何百年、何千年と絵を描き続けてきたこと、そういうこと全てが心にあふれてきたからだ。

 僕は涙を流しながら聞いた。「お父さんが死んだら、僕はどうしたらいいの?」

 お父さんはゆっくりと目を開けて「おまえには、おまえの役割がある」と言った。

「僕の役割って?僕は、お父さんのように風にはなれないよ」

 お父さんは何も言わなかった。お父さんは目を閉じた。お父さんの体はすぐに、粉末のようにホコリと一緒に消えてしまった。

 お父さんが死ぬと、小屋はあっというまに砂に埋もれた。僕はかまわずに砂漠に座っていた。夜になれば、虚無が眠りに来て、僕は下敷きになる。それでいいと思った。

 太陽が沈む。遠くから、どしんどしんという虚無の足音が聞えた。でも、足音が止まった。僕は顔をあげた。砂漠はいつもの闇ではなかった。ほのかに明るかった。よく見ると、砂漠のいたるところで小さな光が散らばっていた。僕は立ち上がり、その一つを手ですくってみた。でも、光りは砂とともに指の間からこぼれてしまう。僕は空を見上げた。砂漠が光っているのではなかった。空に小さな光がたくさん生まれていたのだ。よく見ると、それらはお父さんが砂漠に描いた絵だった。お父さんは砂漠に絵を描いていたのではなく、空に絵を描いていたのだ。いや、お父さんが砂漠に描いた絵を、空が覚えたのかもしれない。僕はどっちでもいいと思った。とにかく、いま空には、本当は人々が持つべきものが、本当は世界にあるべきものが瞬いているのだから。

 僕は街に帰ろうと思った。お父さんは僕に役割があると言った。街の人々はお父さんが言っていることを信用しなかった。それは、彼らには何も見えなかったからだ。でも、もう難しいことではない。今では「夜空を見上げて」と言うだけでいいのだから。


公開日:2018/11/25
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