この文章はいわば、「斜に構える」という言葉を“斜に構えて”捉える試みである。学術的な文章でもなければ、小説でもない。批評と言うにはおこがましいし、日記というにも日々の記録など登場しない。そんな風にひどく曖昧な文章だ。
普段小説を書いている人間が書く、小説ではない文章。このような態度をもって文章を書くという行為自体が、「斜に構える3.0」の態度である。そんなことを言ってみる。それはどういうことを意味しているのか。急ぎすぎてはいけない。少しずつ、ゆっくりと綴ってゆく。
「〇〇くんって、なんか、斜に構えてばっかりだよね」
大学生の頃、何度かそう言われたことがあった。最初、僕はそう言われて少し得意気だった。「僕は君たちとは違うんだ」。そんな風に思えた。けれど、次第に僕は他人との距離の測り方がわからなくなっていった。あるいは自分が何か大切なものから目を逸らし、意味のない言葉遊びをしているような気になった。僕は正しく世界と向き合うことから逃げている気がした。ひどく虚しかった。まるで村上春樹の小説の主人公のような空虚を感じていた。
一切は僕らの前を斜めに過ぎ去ってゆく。夏の夜に吹く風のように。
斜に構える、とはなにか。ググってみる。
1.身構える。改まった態度をする。
2.物事に正対しないで、皮肉やからかいなどの態度で臨む。
もう一つ、「剣道で、刀を斜めに構える。」という意味もある。こちらはいわば語源のようなものだから、今は修辞的な意味で使われる上記二つに注目する。言うまでもなく、1の意味は「剣を構える」から来ていることがわかる。
「斜に構える」とは当初、1の意味で使われていた。
剣道における”中段”という構え。相手に向かって刀を斜めに延ばした状態である。それはまさに、試合前にお互いが向き合う際の基本姿勢でもあり、基本的には最も隙のない構え方とされる。これが「改まった態度を取る」という意味になったということだ。
他方で、まっすぐに構える意味とは逆の、「物事に正対しないで、皮肉やからかいなどの態度で臨む」という意味が「斜に構える」にはある。2の意味はどうして生まれたのか。そのことは僕にはわからない。いくつも存在するまとめサイトなどを見ていけば、あるいは答えがわかるかもしれない。けれど、この文章で僕が書きたいことは、どちらの意味が正しいか、などということではないのだ。一方には正対する意味があり、他方には正対せず斜めに向き合う意味がある。ひとまずその整理にとどめておく。では、僕は何を書こうとしているのか。
子供の頃、僕はとても真面目な人間だった。素直で誠実だった。「斜に構える」1の意味の通りに、人や物事に向き合って生きていた。けれど思春期を通過し、大学生になって一人暮らしを始め多くの本を読み、いろいろなことを経験し、次第に僕の態度は1の意味から2の意味へと移行していた。僕は物事に正対せず、常に斜めから見るようになった。冷笑的な物言いも増えた。それが大人なのだと思った。まじめくさって何かに取り組むことがかっこ悪いと思った。「多角的な視点から物事を捉えることが大切だからね」なんて思っていたりもした。
それからもう少し歳をとり、社会人になって、さらに多くの人と出会い、経験し、様々な本を読んだ。僕は「斜に構える」2の意味的な態度に疑問を抱くようになった。それは本当に大人の態度なのだろうか。「みんなと違って、僕にはわかっているんだ」などとイキがっていた僕はなに一つ報われず、誰からも相手にされず、ただ一人暗い井戸の中にいる蛙のようだった。僕はなにもわかっていなかったことに気がついた。
浅田彰は『構造と力』で次のように述べていた。今から40年近く前に書かれた本だ。
熱くなるのはとうに流行おくれ、かといって、すべてにシラケきったダンディズムを気取るのにも飽き果てたこの時代にあって、他にどんな選択がありうるだろうか。
僕はなにもわかっていなかった。
では、どうすれば「わかる」ことができるのだろうか。
僕は三度、誤ちを犯そうとする。僕はこの道、「斜に構える」の可能性について考えてみたい。すなわち、この文章の目的は「斜に構える」の、さらに次のあり方についての考察である。
きっと僕だけではない。多くの人間が、斜に構える1の意味から2の意味へ移行した経験をもつのではないか。2の意味で行き場を失った人もいるだろうし、2の意味で快適に暮らしている人もいるだろう。社会人になるにあたり2の意味から1へ戻っていった人もいるだろう。
1の意味か2の意味か。二者択一の問題に対し、どちらかを選ぼうとしてはいけない。見せかけの構造に惑わされてはいけないのだ。二者択一はズラすこと。40年前のインテリ達はそういうことを言っていたらしい。
だから、僕は3つ目の「斜に構える」を模索する。そのことを以後、「斜に構える3.0」と呼ぶことにする。
「僕ら」はもう一つ、バージョンアップしなければならない。斜に構える1.0から2.0、そして3.0へ。僕は「斜に構える3.0」について綴ってゆく。あなたがそれを読む。
では、斜に構える3.0とは具体的にどのようなものなのか。次回につづく。