① 古事記とは…
(こじき、ふることふみ、ふることぶみ)とも読む。
一般的に言われているのが、日本でもさいこの 最古の歴史書である。
その書によると、712年 大安万侶(おおのやすまろ)が編集。
元明天皇に献上されたと伝えられている。 上、中、下の3巻。
内容は 天地開闢から推古天皇までを記述してある。
②宗教とは…
元々神道を信仰していた日本人であったが、現在はキリスト教、仏教、新宗教など沢山の宗教に分かれている。
大まかには1神教か多神教なのかに分かれる。
元々の宗教は1神教がほとんどであったが、時代の流れとともに多神教になっていったようだ。
新宗教は人を信仰するような流れになっていて人を神のように崇めている。
どの宗教にも言えることは、人は誰かに道をして欲しい、判断して欲しいと心の中でいつでも不安を感じているという点だ。
どんな時でも不安な心が無ければ、信仰などする必要がないからだ。
その点で宗教とは「心の支え、人生の教師のような位置にいるとも取れる」
数多くの経営者や著名人、国のTOPも何かの相談をしに各宗教、主にキリスト教や仏教に教えをこうし相談もしているという点では、生きる上での知恵を教えられているような感じも受ける。
私もある有名な和尚さんの話を聞いたことがあるが、とても沢山の時間を「生きるとは」という点に置いて研究されているなといった印象を受けたことがある。
有名な歴史学者も(名前は伏せておくが、今1番有名なのではないだろうか)
宗教は必要だっかから生まれたのだと言っていた。人々の心を救えるのは目に見えない存在が、ちゃんとあなたの事を思い見ているという事実が欲しかったからだとも取れる。
人の心の中にある承認欲求がそうさせたのかもしれなそうさせたのかもしれない。
宗教と言うとあまり良い印象を受けない人がほとんどだろうが、宗教の良い点は人々をまとめる事ができる点ではないだろうかとも思う。
現に世界の人口の約20億人もの人々がキリスト教を基本とし人生の日々を送っている。
何かを判断しないといけない時にキリスト教の教えを守って行動するのだ。
次に多いのがイスラム教で16億人だ。そしてヒンドゥー教11億人、仏教4億人、神道1億人
この宗教が世界のTOP宗教になっている。
ビジネスマンや外国人の方と仕事をしている人にはわかると思うが、なかなか理解できない部分があるのは宗教の違いから来ていると言う点もあるんじゃないだろうか?
日本人で「俺は私は無宗教だ!」とも公言しているしている人を見かけたりするが、それならば何故神頼みをするのだろうか?お寺に行って良い事がありますようにと願うのだろうか?
少し矛盾しているようにも取れるが、昔の私ももちろん無宗教で神頼みをしていた口だ。人のことは言えない。
自分自身に疑問を抱く事が多くあった。「無宗教と言いながら神頼みをしている」「仏様に向かって挨拶もする」おや?
多分、皆何かしらの神を信じてほとけさまの仏様も信じている心の中では。
それで良いんじゃ無いだろうかとも思う。
一つに縛らずに人それぞれの神と仏がいることはむしろ素晴らしいことのようにも思う。
互いの違いを認め合いい歩み寄り理解し合えればなんだって良いでは無いか。
人の数だけ正解がありまた、間違いもある。最も大事な事は「許す」という事だ。
「許す」OK!気にするな!でだ!
もちろん許してはいけないこともある。
それはとても大きな悲しみを伴う行為だ。それだけはダメ。
。…これを書きながら自分もまだまだ色々と勉強しなければいけない事が多いなと感じているところです。
我が家には代々、神道と仏教が伝わっている。私で11代目だ。先祖が守ってきたものも大事。新ことも大事。
ん〜愚痴っぽくなってきてしまった。本日はこれでおしまい(笑)
さて、トイレ掃除でもして心をきれいにしてきますか。これもまた神道か仏教の教えなのでしょうか?考え続けるって大事ですね。