山にこもること12年、最も過酷な修行が行われている聖なる地 比叡山延暦寺・浄土院へ

12年もの間、ずっと山にこもり、一日の休みもなく修行をし続ける。
こんな厳しい行が、今も行われています。

それが「十二年籠山行(ろうざんぎょう)」。
仏教の修行のうちでも、最も過酷と言われています。

その籠山行が行われている、滋賀・比叡山延暦寺の浄土院を訪ねました。

 

 

比叡山延暦寺

比叡山は、ご存知のように京都と滋賀の間の山です。
山の上の広大なエリアに延暦寺があります。

© OpenStreetMap contributors

ということで、延暦寺に行くには何らかの方法で山に登らないといけません。

もちろん基本は徒歩での登山ですが、今の世ではケーブルカーやロープウェイ、バスや自家用車で登ることが一般的。

 

今回は京都市中心部から路線バスで比叡山ドライブウェイを経て、上の写真の延暦寺バスセンターに到着。

 

こんなふうに、比叡山の滋賀県側全域が延暦寺になっています。
山の麓には延暦寺の門前町である坂本があります。その先は琵琶湖です。

行ってみるとわかりますが、ここはもはや京都でも滋賀でもない自治領のようです。

実際、長い歴史で比叡山は延暦寺が自治をしており、僧兵を抱え力をつけたので織田信長を怒らせて焼き討ちにされたわけですしね。

比叡山延暦寺は、非常に貴重な文化を今の世に伝えています。
ここはユネスコの世界遺産にも指定されています。世界に誇れる遺産です。

いや、遺産などという過去のものでもなく、驚くべき文化が今も続いているのです。
その一端が、今回紹介する十二年籠山行かと思います。

 

延暦寺 東塔

延暦寺のバスセンターは東塔というエリアにあります。
入り口から少し歩くと、重要文化財の大講堂

一隅を照らそう」と書かれています。
これは延暦寺が総本山の天台宗の言葉。

意味はなかなか深いようですが、一人ひとりが今いる場所で良い行いをして社会の一隅を照らしてゆこう、それが広がれば社会全体が明るくなるだろう、との教えのように理解しています。

 

ここが延暦寺の中心の建物、国宝・根本中堂
工事中なんです。

この中には、不滅の法灯があります。

不滅の法灯

http://www.tendai.or.jp

不滅の法灯は、延暦寺ができて1200年の間で一度も消えることのない灯火です。
絶えず油が注がれ、風で消えることもなく1200年です。すごいですよね。

まあ、厳密には信長の比叡山焼き討ちの際に消えていて、その前に灯を分けていた山形の立石寺から火を戻してもらっているのですが。

 

浄土院へ

では、いよいよ聖域の比叡山の中で最も清浄な場所と言われる浄土院へ行きましょう。

浄土院は山の中にポツンと一軒家状態であります。
根本中堂などがある東塔から、山道を歩いてゆかねばなりません

とは言っても、整備された広い道ですね。

 

途中、お地蔵さんも。

 

途中に、伝教大師御廟道とあります。
伝教大師とは最澄のこと。延暦寺が総本山の天台宗の開祖です。

その最澄上人のお墓への道が始まります。

 

山を切り開き、小石が敷き詰められた整備された道を降りてゆきます。

この日は盛夏だったので、とにかく暑いし、しんどい…。
ほとんど誰もいないし。

 

しんどいと弱音を吐いて歩いていると、浄土院が見えてきました!
ここは最澄上人のお墓がある場所なのです。

 

浄土院

浄土院
誰もいません。静かです。

厳しい修業の場なので、さすがに敷地には入れないか…。

それより、めっちゃ暑くてのどが渇いた…。
と!

手水舎が横にありました。
湧き水のようです。

手を清めるとかそんな発想は起こらず、水をごくごくと飲んで、顔を洗います。
めっちゃ気持ちいいー。

 

門の横から、浄土院の敷地内に入ることができました。拝観料などいりません。
とても良く整備されています。

拝観者は、ぼつぼつと来られるくらいです。
というのは、山道を歩いてこないといけないのでハードルが高く、それ以前に知る人ぞ知る聖なる場所ですから。

写真撮影も可なようなので、撮っています。
でも、静かで厳かな雰囲気なのでバシャバシャとは撮れず、遠慮がちに撮影しています。

 

浄土院拝殿

この浄土院の中に、「十二年籠山行」という12年の間ずっとここにこもって修行をされているお坊さん一名がおられます。
その方を「侍真僧(じしんそう)」と呼んでいます。

12年の間、一日たりとも休むことなく、この浄土院からほとんど出ることもなく修業を続けられます。

それは、どんな修行なのでしょうか?

それは、この拝殿の裏に回ってみると少しわかります。
裏には誰でも行けるので、回ってみましょう。

 

浄土院御廟所と十二年籠山行

裏に回りました。
左が浄土院拝殿の裏手です。

そして右手に少し見えるのが、天台宗の開祖、最澄上人が眠る「御廟所」です。

 

ここが御廟所(ごびょうしょ)。

上で最澄上人が眠る場所と書きましたがまさにそうで、最澄上人はまだ生きておられると信じられています。
その最澄の御霊が、毎日御廟所から拝殿に通われるのです。

生きておられるので、お世話をしないといけません。
そのお世話をする方が侍真僧なんです。

この御廟所の中には、侍真僧しか入れません
中に入って掃除をしたり、拝殿で食事を供えたりします。

特に掃除はとても厳しく、木の葉一枚が落ちただけですぐに拾わないといけないそうです。

とても地味ながら、これを毎日12年間続けないといけないのですから、非常に過酷な修行とのこと。
7年間におよぶ過酷な修行で有名な千日回峰行をされた阿闍梨さんが、この修業はさらに辛く、一番苦しい修行だと言われているくらいです。

実際に病死したり脱走して行方不明になる方も多数おられ、過去に117人が挑戦し26人は亡くなられているらしい。

 

動画で、先代の侍真でおられる宮本祖豊師が十二年籠山行をされている様子があるので、ぜひ見てください。

現在は、戦後7人目の侍真である渡部光臣師が2009年から勤められています。
今まで10年勤めて、まだあと2年あるのです。

しかも、後任の侍真が見つからない場合には、見つかるまで続けないといけない決まりです。
酷すぎる…。

 

浄土院御廟所は訪ねる人も少なく、このときは僕一人しかいませんでした。
まさに知る人ぞ知る、聖域中の聖域です。

とにかく静かで、厳粛な雰囲気。
修行の邪魔になってはいけないのでカメラのシャッター音も気になりますし、足音をたてることすらはばかられる雰囲気でした。

そっとそっと退きながら、暑いけれども引き締まった空気の浄土院をあとにしました。

 

杉木立の中を歩いて帰路に。

こんな厳しい修行が、今の時代もなされていると思うと驚かざるを得ません。

山にこもる12年という年月、そして不滅の法灯の1200年という年月に思いを馳せると、時の流れとはなんだろうとか、自分の一生の時間をどのように過ごしたらいいのかと考えさせられます。

木立の間を歩きながら、こんなことを感じるのもわずかばかりの修行なのかもしれませんね。

 

ケーブルカーで下山

現代の常識からかけ離れたような、厳しい修業が今も続く比叡山。

とても心に残る場所かと感じて、入道雲が顔を出した琵琶湖を見つつケーブルカーで山を降りました。

 

ケーブルカーが現代文明の利器のように、まぶしく見えますね。

ケーブルカーを降りた比叡山の麓、滋賀県坂本の町は延暦寺の門前町です。
なんだか、聖なる地から現世の境へ戻ってきたような感じがしました。

浄土院はかなり特異な場所で空気感が違いますので、興味のある方は静かに訪ねてみてください。

 

Camera: PENTAX K-3II with SIGMA 17-70mm F2.8-4

 

 

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2019/09/04 36.99 ALIS 18.34 ALIS
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