クリプトエコノミクスは、暗号学と経済学を組み合わせた学問です。まだまだ聞きなれない方も多いかもしれませんが、この思想は、ブロックチェーンの文脈を語る上では欠かせないキーワードです。
今回は、クリプトエコノミクスの生まれた経緯と歴史を紐解いていきましょう。
まず、既存の有力な経済学者による主張を、中央集権と非中央集権の視点からカテゴライズすると以下のようになります。
右下の空白を埋める政治経済構想を考え出すために、経済学者達は議論を重ねてきました。
そして、暗号学がそれを見つけるヒントとなったのです。
それでは、暗号学と経済学が出会った経緯を辿っていきます。
暗号学と経済学、と聞いて、ここに共通点を見出す人はほとんどいないでしょう。
しかし、実は、30年以上にわたり、暗号学者と経済学者は同じ問題に奮闘してきました。
無論、どちらも同じ問題に取り組んでいると認識してはいませんでした。
しかし、ここ数年で、「社会をうまくまとめるにはどうしたら良いか」という問いと、「コミュニケーションが信用に足るものだと保証するにはどうしたら良いか」という問いは、言い回しは違えど本質は同じであるということが明らかとなりました。
つまり、暗号学者のいうビザンティン問題耐性と経済学者のいう強固な政治経済は同義なのです。
こう定義できる理由を示すために、まずは経済史における最も重要な論争をおさらいしていきましょう。
社会主義計算論争
経済学者たちは、国の富をどう説明付けるか模索し続けてきました。何故、繁栄する国とそうでない国が存在するのか。この議論は、20世紀後半に、中央集権的な共産主義社会か非中央集権的な自由放任主義社会か、どちらが国家に繁栄をもたらすのか、という二つの対となる概念の論争に収束していきます。
アダム・スミスは市場とは自然に生じる秩序によって特徴付けられるものであり、社会秩序は市場のインセンティブによって決まるとし、自由放任主義を主張しました。
それに対しカール・マルクスは、中央権威によって意識的に計画された経済の方がより良い成果を出すと反論しました。
そして、この論争以降、社会主義経済の大きな二つの問題点が浮き彫りになります。
1. インセンティブの問題です。国家によって職業を再分配された労働者達が、果たしてきちんとその仕事をこなすのかという懸念。(こういったインセンティブへの批判は、論争以前からも議論されていました)
そして論争以降、新たにもう一つの社会主義の大きな問題点が指摘され、認知されていきます。
それが、
2. 情報の問題です。
1920年にフォン・ミーゼスは論文『社会主義コモンウェルスにおける経済的計算』にて、この問題を提示し、社会主義を批判しました。この問題は少し複雑なので、順を追って説明していきます。
まず、あなたがビジネスを始めようとしていると想像してみましょう。
あなたは自分自身で何かを作って、それを売ってお金を稼ごうとしています。
さて、ここで疑問が生まれます。
そもそも何を商品として提供すれば良いのか?
どのくらいの量を作れば良いのか?
いくらで売れば良いのか?
これらの疑問を無視して勝手に商品を作り、とんでもない高値で売っても売れるはずがありません。また、売れなかった場合、生産に費やしたコストも無駄になります。
では、この疑問に対する答えはどのように得られるのでしょうか?
消費者のニーズを知ることです。今何が社会で必要とされているのか。何を作れば売れるのか。
自由市場では、この答えを出す指標となってくれる情報があります。
その最大のものが、価格です。
価格には消費者のニーズが自然と反映されます。
市場に流れている商品の価格を見れば、消費者のニーズが分かり、何が社会で必要とされているか、何を作れば売れるのか、といったことを予測できるのです。
一方、共産主義社会ではどうでしょうか。
共産主義社会では、何を作るか、どのくらいの量作るのか、誰がどの仕事をするのか、政府が全て計画します。
しかし、価格の存在しない共産主義社会では、消費者のニーズを図る指標となる情報がありません。では何を基準に生産を決めるのか?政府による独自の判断です。
政府が勝手に必要なものと必要量を判断して国民に仕事を分配し、ものを作っても国民の需要を満たすとは限りません。
無駄も多く生まれるし、政府が市場の成長の限界を決めてしまうことになります。
共産主義社会での生産に関する情報は、政府によって故意に計画された中央集権的なものです。
それに対し、自由主義市場における価格は、故意に操作されることなく消費者のニーズが自然と反映される、非中央集権的情報です。
市場では、個人が行動を起こす際の判断材料となる、このような非中央集権的情報が必要なのです。
これがミーゼスの主張した、中央集権的な共産主義社会における情報の問題です。この論理を更に広げたのがリオネル・ロビンズとフレンドリック・ハイエクです。
ハイエクは、『社会における知識に活用』の論文で、自由市場における価格システムを、分散型知識ネットワークであると説明しています。
ハイエクの分散型資本主義
ハイエクの唱える分散型資本主義において、情報の問題は解決されていると言えるでしょう。しかし、実は、彼の思想にも、中央集権的要素は多大に含まれています。確かに自由市場社会において、財産は個々人の私的所有物です。
しかし、財産権を利用する際には、政府の認可が必要です。
利用だけではありません。財産権そのものの認可や保証も、完全に法律、すなわち政府に依拠します。現代国家において政府の主な役割は社会関係の台帳の署名、管理、認証です。政府は、“登録”と称して、国民の財産の管理を行っているのです。政府がこのような重要な役割を担っているのは、国民に“信頼された”大きな機関であるからです。
しかし、政府をどこまで信頼して良いのでしょうか。
政治家や官僚が自己の利益でなく、社会の利益のために動く保証はどこにあるのでしょうか。そして、政府によってコントロール可能な状況下で、市場のインセンティブは正常に機能するのでしょうか。
中央集権から非中央集権へ
ここまでで、経済の課題を解決するため、経済学者達が中央集権から非中央集権へ、という方向性を持って議論してきたことはお分かりいただけたでしょう。
それでは、ここでもう一度、最初の表に戻ってみましょう。
右下の空白を埋める発想こそが、暗号経済学、すなわちクリプトエコノミクスなのです。
そして、偶然にも、暗号学者達も似たような構造の問題の解決策を模索していたのです。
ビザンティン将軍問題
1982年から、分散型コンピュータの最大の問題点はビザンティン将軍問題であるといわれてきました。
ビザンティン軍が敵対都市を包囲してる場面を想像してみましょう。
軍は複数の将軍の率いる小グループから形成されていますが、戦時には同時に全軍で合意に至る必要があります。
ここ二つの問題が生じます。
1. 全ての兵士に情報が完全に伝達されるのは困難
2. 全ての将軍が忠実とは限らない
つまり、ビザンティン将軍問題とは
1. 非中央集権
2. 情報のフローが不完全である
3. 個人が利己的行動をとった結果、全体の秩序を乱す可能性がある
といった状況下で、合意に達することを達成しようする際に生じるものです。
ブロックチェーンは、ビザンティン将軍問題耐性をインセンティブの問題と捉えることである程度の解決策を示しました。
Proof of Workメカニズムにより、ネットワーク参加者に対してより良い行動をするインセンティブを与え、ネットワークへの攻撃のコストを高くし、攻撃が成功した場合の見返りを小さくしました。
つまり、個人の利己的行動が全体の利益につながるアルゴリズムを作り出しました。
ここまでの流れを簡単にまとめましょう。
市場がうまく機能するのに必要なのは
1. 行動する際に必要な判断材料となる情報が行き渡っていること
2. 個人が社会の利益になるような行動をするインセンティブがあること
経済学者はこの問題を政府の役割の範囲の修正など、組織の視点から解決策を探してきました。
暗号学者は、この問題をアルゴリズム的に解決しようと試みました。
暗号学と経済学という歴史上無関係であった二つの大きな領域が、構造的に似た問題(分散型協力)に取り組んできており、同じタイプのソリューション(コンセンサスプロトコルと市場機構)にたどり着きました。
更に面白いのは、ブロックチェーン技術が、実際にこの二つの世界を一つに落とし込んだことです。
コンピュータサイエンスの領域から生まれたこの技術が、新しい暗号経済の思想を実現しうるのです。
分散型コンピュータ(ブロックチェーン)は政府の役割を果たすことができます。しかも、信頼性をアルゴリズムによって保証します。
市場は常に中央組織による統治、運営を必要としてきており、市場社会の限界は、常に国家の財産権取引の記録、認証の能力にありました。
ブロックチェーンは市場経済と社会を下から支えることができる、障害耐性の高い運営を実現する新しいテクノロジーなのです。
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