信じられないほどのごたごたが続き、世論も分断される中、東京五輪の開会式が行われ、天皇陛下が五輪憲章の規定に従って、開会を宣言された。開会宣言の一言一句まで憲章で決めているとは驚いたが、それはさておき、その文言で、JOC(日本オリンピック委員会)による憲章の日本語訳にある「祝い」を使わず「記念する」となったことがニュースになっている。
<JOCの訳が間違ってるやろ!>
五輪憲章第55条にある当該部分の英語の原文と日本語訳は次のようになっている(ゴチックは筆者による)。
“I declare open the Games of … (name of the host) celebrating the … (number of the Olympiad) … Olympiad of the modern era.”
「わたしは、第 ...... (オリンピアードの番号) 回近代オリンピアードを祝い、...... (開催地名) オリンピック競技大会の開会を宣言します。」
出典 https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2020.pdf
明らかに、この日本語訳は、原文が「分詞構文」であると誤読して訳しており、端的に間違っている(「分詞構文」を知らない人はググって調べてね)。celebratingの前にコンマがないことに注目してほしい。コンマがあれば分詞構文で、JOCの訳でいいが、コンマがないから、celebratingはthe Games of (Tokyo)を直接形容詞的に修飾する現在分詞。つまり、「第32回オリンピアードをcelebrateする東京大会」という意味なのだ。ちなみに、オリンピアードとは1896年(アテネ大会)を起点とする4年毎の期間で、第32回というのは2020~23年のこと(この意味なら日本語は「第32期」のほうがいいのでは)。
コンマの有無なんて大した違いじゃないよ、と思った方がおられるかもしれないが、実は天と地の差がある。原文では、celebrateする意味上の主語は、"the Games"だが、仮にコンマがあって分詞構文だったとすると、意味上の主語が、"I"、すなわちこの場合は天皇陛下になってしまうのである。
<だいたい1964年の開会宣言が間違っていた?>
上記東京新聞の記事によると、1964年東京五輪開会式での、昭和天皇の開会宣言の文言は「第18回近代オリンピアードを祝いここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」だったようだ。
調べたところ、当時の五輪憲章が規定する開会宣言の文言は、今のものと少しだけ違う(Gamesの前にOlympicが入っていること、カッコ書き説明がないこと)が、やはりcelebratingの前にコンマはない。
"I declare open the Olympic Games of . . . celebrating the . . . Olympiad of the modern era."
出典 https://library.olympics.com/Default/doc/SYRACUSE/61948/the-olympic-games-fundamental-principles-rules-and-regulations-general-information-international-oly
なので、本当は、「第18回近代オリンピアードを祝うオリンピック東京大会の開会を宣言します」とすべきだったのだ。(ちなみに、原文には"hereby"がないので、「ここに」を勝手に挿入したのはいかがなものかと思うが、実害はないだろう。この点は、今回も同じ。)
1964年の時はまあ、大多数の国民は祝賀ムードだったろうから、陛下が「祝う」ことを問題視する人はいなかったと思うが、間違った宣言文を昭和天皇にお渡ししたというのは実は大問題ではないか。
<今回の判断は正しい>
今回の天皇陛下の宣言は、「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」となった。これには2つポイントがある。一つは、上記で指摘した、JOCによる誤読を修正したこと、そしてもう一つが、「祝う」と言う言葉を避けて「記念する」としたことである。筆者の気づいたかぎり、報道は後者ばかりに集中して、前者を見落としている。
本当は、分詞構文という誤読を改めて、「第32回近代オリンピアードを祝う、東京大会の開会を宣言します」とするだけでよかったはず。これだと陛下が「祝う」ことにはならないのだから。しかし、コロナ禍の中の五輪開催に対してこれだけ世論が割れる中、「祝う」という言葉はいずれにしても避けたい、という判断だったのだろう。
で、「記念する」という言葉がcelebrateの訳としてどうか、という話だが、上述のとおり、celebrateの対象は、2020~23年という「期間」にすぎない。しかも、自動的に繰り返される。いわば企業の第32決算期みたいな話で、そもそも「祝う」ようなものではないわけだ。だから、その期間の最初の年に行う夏季大会が、それを「記念する」と訳して何の問題もなく(ドンピシャ感は確かにないが...)、むしろ「祝う」よりよほどいい。
推察するに、まず「祝う」がまずいんじゃないかという話が出て、よく見たらそもそもJOCの訳、ひいては1964年の開会宣言が間違ってたということに気づいたのではないか。知恵を出したのは、おそらく、条約交渉で日頃鍛錬している外務省ではないかとにらんでいる。