訳者による30頁にも及ぶ解説が冒頭にあるが、「短論文」の理解のためには先ず写本A及び写本Bの性格とその成立事情を検討することが絶対に必要(17頁。原文は旧字旧仮名)とあるように、複雑怪奇な過程を経て不完全な形ながら後世に遺されたのが本書。
スピノザの主著『エチカ』を繙く上での恰好の概説書であり、『エチカ』の思想の熟成を窺うための第一級の資料でもあるのだが、それにしても実在すら疑われていた時代に付けられた『悪魔の章を含むオランダ語のエチカ』なる呼称の、なんとも蠱惑的な響きよ!
勿論スピノザにとっては悪魔など一顧だにする価値もなく、内容も付随的なものに留まる(たったの1頁強)のだが、死後も尚無神論者の王と忌避されていたスピノザには、むしろこれこそが相応しい呼び名なのかもしれない。
"神と合一するためには、神を或る程度に認識するだけで我々には充分なのである。というのは、我々が身体について有する認識だって、我々はそれをそのあるがままに即ち完全に認識しているわけではない。それにもかかわらず何という合一、何という愛であろう!"(190頁)
神に酔える哲学者の面目躍如たる記述に震える。