稀代の英雄であるナポレオンは世界史上最も上がり下がりが激しかった人物だったかもしれない。のし上がった人物はたくさんいるが、失脚して全ての地位を剥奪されてそのまま死んだ人物はあまりいない。大体の英雄は暗殺などの突然死によって終末を迎えている。コルシカ島の小貴族の次男坊にすぎない生まれでありながら、フランス軍で異例の出世をとげ、フランス革命の混乱に乗じてフランス政界で頭角を現すに至る。
フランスのトップに立つや否や、イタリア、エジプト、ドイツを侵略し、征服する。ナポレオンの進軍を止められるものはおらず、ヨーロッパ全土の国に恐怖をもたらす。それはたんに侵略の恐怖ではなく、特に王侯貴族にとって、フランス革命という自分たちの地位を脅かす新しいイデオロギーとの対立でもあったのかもしれない。
その恐怖心がナポレオン失脚の原動力だったのかもしれない。ナポレオンに対抗するためにヨーロッパ各国は同盟を結び、特にイギリスとロシアに敗北する。ナポレオンは強すぎたからこそ、他の国が連携するインセンティブを生んだ。国の連携とは想像するよりもはるかに難しい問題で、実現するためには強力な敵が必要になる。それがナポレオンだったのだ。第二次世界大戦のヒトラーに対するヨーロッパとアメリカがいい例である。
それにしてもナポレオンの私利私欲はすさまじいと言わざる得ない。彼一人の欲によってヨーロッパ全土が巻き込まれた結果になる(なんか作者の佐藤賢一氏の書き方によるかもしれないが)。ヨーロッパの王となり、自分の兄弟を諸国の王にし、自分の息子に皇帝の地位を継がせようとした。フランスの軍を自分の欲のために運用し、戦争に明け暮れてきたわけだから凄まじい。もっとも支配者や独裁者はそういうものなのかもしれない。
とはいえ戦争の勝利はすべての国事を正当化する手段するだとも思う。実際ナポレオンは勝ち続けたからこそ、フランス国民の支持を得続けた。イタリアでもエジプトでもドイツでも勝ち続けた。しかし一度負けた瞬間支持を失い失脚した。これは世界の他の事例でも明らかである。だから意地でも国は負けを公表しようとしないのかもしれない。勝っているうちが華なのである。
ナポレオンは日本の歴史でいえば、織田信長と豊臣秀吉を合わせた存在かもしれない。軍事的に天才的で一代で領土を一気に拡大して日本を統一に導いた。しかし次世代への継承に失敗し、一代で終わってしまう。チビでブサイクであったらしいところは秀吉に似ている。女好きであることも一緒である(最も英雄とは大体女好きであるが)。
この本は三部作で、一冊あたりもかなり分厚いが、コロナで暇ならば読んでみてはいかがだろう?