燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル、ビン・カン、、様々なゴミを日本人は見て、分けて、それを捨てることができる。
分別をしたことがない日本人は、いないだろう。
しかしこのスキルは、外国人からすると特殊で、「日本のゴミ分別ルールを理解するには博士号が必要だ」と言われている。
例えば、Airbnbで日本人が「外国人はゴミの出し方をまったくわかっていない」として、日本のAirbnbの経営は暗礁に乗り上げた。しかし、外国人からすれば、そんなこと知る由がないため、混乱する。
それでは、日本人がここまでこだわるゴミの「分別」という行動は、必要なのかどうか、を考えていく。
最近、取り上げられている「ウミガメがプラスチックを食べて死ぬ」というニュースがある。
それをインスタグラマーやインフルエンサーは海外の海に行き、捨てられたプラスチックゴミの写真を撮り、「捨てないようにしよう」だの、「ポイ捨てはやめよう」と国民に訴えかける。
この行動は間違いではないし、その通りで、影響がある人が言えば、国民は自分の行動を見直す機会を持てるだろう。
しかし、あのビーチに打ち揚げられたゴミは、どこから来たのだろうか。
これを知っている日本人は少ないだろう。
収集されたプラスチックゴミのおよそ58%は、熱や電気のエネルギーとして再利用されている。
14%は民間業者がアジアの開発途上国に輸出されている。この14%は、海に大量に投げ捨てられているか、ゴミ山に溜まっているのか、真実は誰も知らない。
本当にリサイクルされているのは、14%のみで、新たなプラスチック製品に生まれ変わる。
日本人ひとりあたりののプラスチック製品の消費量は他国と比べても高いため、たった14%大きな問題になっている。では、なぜ多いのか。
スーパーに行くと果物や野菜に、このような包装がされている。ここにプラスチック製品の消費量の多さが隠れている。
果物や野菜は大体は、実を皮が守っており、人間はその実を食べる。その皮をラップ等で保護し、さらにレジ袋に入れる、これが「過剰包装」を引き起こしているのである。
原因の一つである「過剰包装」は、日本の文化「おもてなし」がもたらしていると私は考える。
人にプレゼントなどをする際にする、ラッピングは、喜んでもらうためや、汚れないようにするなど、相手に過剰に気を遣い、渡すためにする。
これはスーパーの店員も同じ感覚なのではないだろうか。お客様の食べるものに、異物が入ったり、傷が入らないようにするために、この「過剰包装」をやらざるを得ないと考えられる。
これまで現状とその原因はわかったが、行動に起こさなければ意味がない。
これからプラスチックゴミを減らすためにすべきことは、「ゴミは、必要のないもの」から「ゴミは、病原菌である」と考え方を改めることである。
ゴミひとつ、自分1人がポイ捨てしたとしてもそれだけでは問題は起きない。それがたくさんになると、環境破壊だけでなく、外交関係まで様々な問題を引き起こす。
ゴミ問題は消費者が消費量を減らすか、生産者・国が動き、消費をさせないようにするか、そのどちらが早いかは、わからない。
しかし、日本人の生活に欠かせない存在になってしまったプラスチック製品は、レジ袋をもらわないだけでは、消費を減らすことはできないだろう。
私たちは、今日も病原菌を増やしながら、生活することを強いられている。