世間一般のディープフェイクに対するイメージは、どんなものだろうか。
おそらく、そのイメージは、端的に言って「悪用」であり、「害悪をもたらすもの」である。
アダルト動画で使われているのは有名だ。
また、オバマ大統領がトランプ大統領を罵倒するというフェイク動画にも使われたそうだ。
そんなネガティブな文脈で引用されることが多いディープフェイクだが、私はそのポジティブな可能性に目を向けたい。
以降、本稿ではディープフェイクを、DFと略記する。
さて、こういう二人を想像してほしい。
一人は、誰もが振り向く美人なのに、演技力がない。
もう一人は、演技力があるのに、美人ではない。
この二人は、せっかく強みがあるのに、別の弱みがあることで、それを生かす機会を制限されている。
そこでDFだ。
この両者をDF技術で組み合わせる。
両者の強みを併せ持つ人、すなわち「演技力のある美人」を、合成するのだ。
もしこの合成された美人が、動画に出演するなどして収益を得れば、その収益は、もとになった二人が山分けするという戦略を描くことができる。
この合成の元になる人を、パーツアクターと呼ぶことにしよう。
そして、合成された架空のモデルを、デザインドアクターと呼ぼう。
デザインドアクターを介することで、二人のパーツアクターは、ともに利益を得ることができる。
現状で、外見の美しさを収入にできるような人は、ごく少数だ。
美貌を収入に結びつけるには、演技力や表現力が必要だし、撮影のストレスに耐えるだけの体力も必要になる。
台本がすらすら読めなければドラマに出られないし、ナレーションができなければ出演できるCMも限られる。
つまり、美しいだけではお金にならない。
しかし、DFによって、「部分的に美しい人」も、着実に収益を得ることが可能になる。
これまでは、活かしようのなかったパーツが、本当の資産になる。そんな時代がやって来る。
俳優の動きをデータにして取り込む技術は、映画の世界ではもはや特殊なものではない。
2009年の映画『アバター』のナヴィ(青い肌の種族)の姿は、その細やかな表情まで印象的だったが、これは俳優の表情をトレースしたものだそうだ。
つまり、合成されたキャラクターが演技をするのは、別に新しいアイデアではない。
アニメの登場人物は、声優の声と絵を合成しているのだから、これも広い意味ではデザインドアクターと言える。
何も演技するだけがデザインドアクターの利用手段ではない。フィクションやCMに出るまでもない。
VRが普及して、仮想空間で人と人の交流が進むようになれば、仮想空間でどのような外見をまとうかというトピックが生じる。
DFによって、私たちは、VRにおいて、どんな顔をまとうことも可能になる。
アダルト動画におけるDFは、一般社会からすると「悪用」というニュアンスで紹介される。
顔を使われた女優は、「被害者」である。
しかしいずれ、自らの意思で「顔を売る」女優が現れるだろう。
つまり、アダルト作品に自分の顔を使用するのを許可し、その収益の一部を得るというやり方である。
顔を売る女性からすると、脱ぐわけでもないし、セックスするわけでもない。AV女優になるより危険や失う物は少ない。
一方、逆に、体だけを動画の素材として提供する女性も現れるかもしれない。
「YouTubeが、動画配信を民主化した」と言われる。
この場合、民主化したというのは、これまで無力だった人に力を与えたということである。
YouTubeに限らず、新しいテクノロジーは、私たちに力を与える。
そして、ディープフェイクも、正しく使えば、私たちをエンパワメントする。
それは、私たちの一部を、交換可能にする。
それは体のパーツかもしれないし、声かもしれない。
運動神経かもしれないし、誰も真似できない「変な動き」かもしれない。
DFは、それらを交換可能にすることで、これまで無力だったのを有益なものに変える。
ひいては、直接の収益や、情報発信力をもたらす。
DFは、そんな大きな可能性を秘めている。
デザインドアクターというのは、私がこの記事を書くにあたり、適当につくった言葉である。
既に別の表現があるかもしれないが、まだ探していない。
もし適切な表現をご存知の方がいらっしゃったら、ご指摘いただけるとありがたい。
「美女の合成」というと、私が思い出すのは、ゼウクシスの逸話である。
ゼウクシスというのは、古代ギリシャの画家である。
ウィキペディアにも項目があり、その中でこんな紹介がされている。
伝説によると、世界一の美女であるヘレネーのモデルとしてポーズをとるのにふさわしい美しい女性を見つけられなかったゼウクシスは、5人の最も美しいモデルの部分を合成して理想的な美女を描いたという。
ーーウィキペディアより
この絵は、ゼウクシスが、絶世の美女ヘレネーを描くため、そのモデルを選ぶ様子をイメージしたものだろう。
デザインドアクターが一般化すれば、その呼び方として、このゼウクシスや、ヘレネーにちなんだ名称が使われるかもしれない。
以上、蛇足であった。
(2020年3月17日)