https://alis.to/abhisheka/articles/KWyVo88zrW09
ライン通話はいつも亜弓の方からかける。亜弓自身は基本的に通話の着信を拒否しているのだ。
彰悟はいつも間髪を入れず出てくれる。
「どうしたん?」
「うん。何かあったわけじゃないんだけど」
「落ち込んでんのん?」
「私、やっぱり変だと思う」
「まあ、僕と比べたらまだまだ変態初心者やで」
「そういう意味じゃなくて」
「ほな、どういう意味?」
「気がついたら、ひとりで鏡に向かって話してるのよ」
「へええ。そやけど、僕かて、よく独り言は言うで。一人暮らしっていうのは、お互いそういうもんちゃうか。そやから、なあ、亜弓。一緒に暮らそうや」
どんな話題からでも彰悟はいつも口説き話に繋げてしまう。
「私に大阪に来いっていう意味?」
「それは無理やろ。僕が札幌に行くやん」
「仕事は?」
「小説はパソコンあればどこでも書けるし」
「一緒に暮らしてどうするの? セックスするんでしょ」
「してって言うまでせえへんやん」
「信じられない。絶対襲ってくるわ」
「そんなことしたら、亜弓にとって、今までの男と一緒やん。だから、してっていうまでせえへん。毎晩一緒に寄り添って寝よ」
「がまんできるの?」
「うん。自信ある。亜弓が寝てしまうまでずっと髪の毛、撫でといたるやん」
「でもそのとき、勃ってくるでしょ」
「うーーーーーん」
彰悟は少し考え込んだ。
「それはそうかもしれん。そやけど、勃ったってそのまま我慢してればすむことやん」
「無理よ」
「無理ちゃうて」
「絶対、嘘!」
「なんでそう思うん?」
「今までそんな男、いなかったもん」
「だから、今までの男と、僕を一緒にすんなって」
「う、うん。彰悟はいつもそういうけど、私には信じられへん」
「試してみなわからんやん」
「試すのが怖いの」
「また堂々巡りやな」
「うん・・・・・」
今度は亜弓がしばらく沈思黙考した。
「あのね」
やっと口を開いた亜弓が言い出した。
「私、もう男の人はこりごりなの」
「今まで男運悪かったからなあ」
彰悟はこれまでの亜弓の恋愛遍歴について断片的に聞いたことはあった。
「うん。それでね。私の今日の独り言っていうのはね・・・・私、本当はお母さんがほしいっていうものだったの。その言葉が自然に口からあふれ出たのよ」
「おお、なるほど。親の愛を知らずに育ったからなあ。無理もないわなあ」
彰悟は亜弓のおいたちもある程度知っていた。両親から虐待の末に棄てられて、施設で育ったことも。
高卒と同時に施設から追い出されると援助交際から第二の人生を始めたことも。今は愛人がふたりいることも。
「じゃあ、僕がお父さんの愛をあげるわ」
「ダメよ。お父さんは暴力を振るうから怖い。お母さんじゃなきゃダメよ」
「うーん。そやかて、僕は男やしなあ。・・・・・あ、そうや。性転換手術しようかな」
「えっ?」
「性転換手術して女になって、それでお母さんしたげよか」
「そんなこと、彰悟にできるの?」
「する人よくおるんやろ」
「うん。それならいいかも」
「お、やっと話が前に進んだやん」
「でも、本当にできるの? それって性同一性障害の人がすることなのよ」
「うんうん。亜弓と一緒に暮らせるなら、できないことはないって」
「でも、ちんぽ切るのよ。豊胸手術とか、ホルモン注射とか、大変なのよ。わかってるの? 体もすごくしんどいのよ」
「でもそうしないと信用できひんねやろ?」
「うん。そこまでしてくれたら、私、最高に愛を感じる。彰悟のこと信じられると思う」
「よし、そうしよう。そうするから、そしたら、愛人稼業は卒業して、僕と暮らしてや」
「本当におちんちん切ったらね。私、男の人とは幸せになれないと思うの」
「わかった。そうする」
彰悟はそう断言した。
亜弓はまだそれはひとつのファンタジーだと思っていた。が、とにかくその夜のラインはそんな結論で終了した。