一般的には、ユーロ圏の賃金動向は欧州中央銀行(ECB)によって公表される「妥結賃金」という指標で知られていますが、この指標は四半期ごとに発表されるため、情報が遅れるという難点があります。
アイルランド中央銀行と民間研究調査機関であるインディード・ハイアリングラボが共同で提供している賃金指数について紹介しています。この指数はリアルタイムの求人情報をもとに作成されており、月次の動向まで捕捉できるという特徴があります。ただし、この指数は6カ国の賃金に限定されていますが、ユーロ圏全体の経済・金融情勢やECBの政策運営を理解する上で役立つ情報となっています。
アイルランド中銀とインディードのデータを使用して、ユーロ圏6カ国とイギリスの名目賃金および消費者物価指数(CPI)の状況を比較したチャートが掲載されています。このチャートを通じて、各国の賃金と物価の変動を視覚的に把握することができます。
ユーロ圏の労働市場と経済の動向に関心を持つ読者にとって興味深い情報を提供しています。特に、賃金上昇の速度や物価変動といった要素は、経済や金融政策の予測や意思決定に影響を与える重要な要素となります。
ドイツでは、10月の消費者物価が前年比10.4%上昇し、2ケタのインフレ率に達しています。しかし、同じ月の名目賃金上昇率は7.1%と、わずかに追いついているに過ぎません。実際、ドイツの賃金上昇率はインフレに対して「負けている」とされており、実質所得は悪化していると述べられています。
一方、アイルランド、イタリア、オランダなどの国では、名目賃金の伸び率が前年比プラス4.0%程度と、ドイツの水準には及んでいません。しかし、消費者物価の上昇率はドイツと同様に10%近くに達しています。このような状況は、他のユーロ圏内の国々でも同様の問題が発生している可能性があると推測されています。
要するに、ユーロ圏内で賃金と物価のバランスが崩れており、物価上昇が賃金上昇を上回っているという状況が指摘されています。これにより、実質所得が減少している可能性があります。
この情報は、ユーロ圏経済の健全性やインフレーションの影響を理解する上で重要です。名目賃金と消費者物価の関係が不均衡である場合、経済の安定性や消費者の購買力に悪影響を及ぼす可能性があります。
ユーロ圏内での賃金と物価のバランスの問題は、19カ国の利害を調整するのが非常に困難な課題となっています。ドイツとフランス以外の国では、賃金の伸びが物価の上昇に追いついていないため、賃金・物価スパイラルと呼ばれる悪循環のリスクは低いとされています。
その代わりに、実質所得の悪化が景気の減速を引き起こし、縮小均衡を経てインフレが鎮圧される展開がより可能性が高いと考えられています。つまり、経済の停滞や縮小によってインフレ圧力が緩和される可能性があります。
ただし、現時点では、アイルランドやイタリアなどの国々でも物価上昇が名目賃金に上乗せされる展開が想定される場合、雇用主と労働者の双方が2ケタのインフレ率を当然視するようになれば、賃金・物価スパイラルのリスクが再び浮上することになります。この場合、ユーロ圏の中央銀行(ECB)を含む各国の中央銀行にとって、インフレが最大の脅威となる状況が続くことになります。
また、ユーロ圏全体の統計では、ドイツとフランスの影響が反映されやすいため、ECBが金融政策を検討する際には、賃金・物価スパイラルのリスクが高まるという懸念があります。結果として、大国に合わせた金融政策が採られることになり、小国が過剰な引き締め政策によって景気が失速する可能性もあります。
要するに、ユーロ圏内での賃金と物価のバランスの問題は複雑で、利害の調整が困難な状況にあります。大国と小国の経済格差や影響力の違いが、統一的な金融政策の検討に影響を与える可能性があります。
ECBは19カ国の利害を調整し、政策運営の方針を決定する役割を果たしていますが、各国の異なる状況や要求に対応することは容易ではありません。特に不況下で進む物価高やスタグフレーションは、中央銀行にとって対応が難しい局面の一つです。
ECBは、19カ国の異なる不況下の物価高を管理するという最高難度のミッションに挑んでいます。小国の景気を考慮しながら緩和政策を維持する一方で、執拗なインフレを抑制するために引き締め政策を実施するという複雑な金融政策運営が求められる可能性が高いです。
欧米の中央銀行は、現在不況下の物価高という問題意識を共有しているように見えますが、2023年春以降、ECBはユーロという単一通貨固有の難しさに直面することが予想されます。異なる国々の経済状況や要求を調整しながら、統一的な金融政策を実施することは、非常に困難な課題となるでしょう。
ECBはこのような困難な状況に直面しながらも、ユーロ圏全体の経済の安定性とインフレ率の抑制を両立させるために最善の努力をしています。しかしながら、各国の経済格差や異なる利害関係の存在により、足並みを揃えることは容易ではないと言えます。