悪人ども、いや罪人どもの悲鳴が耳に心地よい。苦しみを長引かせるためにムガットに集られ傷を修復され再び地獄の責め苦を味あわされた時の絶望に歪む表情を見下ろすのがとても幸せに感じる。
「あ、ありがとう竜、でも。もうやめて!」
拷問部屋になぜか現れたスカーレットが、涙を流して罪人への懲罰を止めろと言う。有り得ない願いに心が拒絶するが、引っ掛かるものを感じて尋ねる。本当は奴らにどうしたいのかを?
「お願い、もういいから。竜はこんなことしちゃいけない!だから、やめて。こんな楽しそうなことは私にやらせてよ!」
ああ、そういうことか。なんだ、仕方ないなあ。だから少しだけだよ。俺は、鞭をスカーレットに渡した。
「ありがとう」
礼を言うとスカーレットは、二人の罪人に鞭を与えた。何度も、何度も。肌を切り裂く音が、機嫌のいい笑い声が続く。
(なるほど、竜が直接手を下さなくとも人間どもの魂に負った傷が霊子《レイス》を積み上げていくようだね。それにしてもあの女、かなり壊れかけているが・・・ ほう、雌ネコの仕業か。まあ、自分そっくりのホムンクルスを雌ネコに喰われ、その様をつぶさに愛する男が眺めていたか。不憫な・・・)
陶磁器の人形アスタロトは、興味深げにスカーレットの動きと霊子の増加具合を観察していた。
「ようし、もうよかろう。大体予想していたとおりだな。お前の力さぞや厄介なしろものよな、人の子が背負うにはな。だが、闇の魔導師が操る力とするならば至極真っ当なものだがな」
アスタロトが、右手を中空で振ると罪人の姿は消え、拷問部屋は跡形もなく。いつの間に来たのか、皆は中庭に立っていた。
「あれ?おかしいわね、さっきまで、あいつらにお仕置きしていたのに。まだまだ、こんなものじゃ済まさない、早く帰って来なさい
竜、おかしいの。あいつらがいなくなっちゃった。まだまだ、責めたりない、あいつらに筆舌に表せない苦痛と屈辱を与えられたんだから。私にはもっと仕返しをする権利があるはずよ」
「それは無理なことだな、人間の女。あ奴らは我が地獄に送ってやった。無間地獄でそれこそお前の責め苦などそよ風に感じるぐらいの極大な苦痛をそうさなあ、五六億七千万年ほどひたすら繰り返し受け続けるであろう。それで勘弁しておけ!ほら、これを見よ」
アスタロトがスカーレットの前の地面を指さすと、そこは透けて見えた。あの罪人たちが切り刻まれ、また傷を修復され、炎に炙られ、槍で刺され、死ぬとまた綺麗に傷が癒やされ、そして最初から責め苦を受け続ける姿が延々と映されていた。なぜか途方もない出来事だが、不思議と真実であると解ってしまった。
「は、はは、ははは。いいわ、許すなんて有り得ないけど。あんな奴らを責め続けるのに私の時間を浪費することはないのよ」
スカーレットは力なく俯きながら部屋へと戻っていった。
「で、結局どういうふうになったんだ、アスタロト?」
「そちの詐欺《スキャム》とかいう力を使って、この想像上の金銭を人間どもの魂に刻み込んだとか言ったな。それも、非常に小さなものに媒介させて」
「ああ、そのとおりだ。俺専有の力、詐欺《スキャム》で人の魂に仮想通貨、|霊子《レイス》をウィルスを使って魂に刻み込んだ。ウィルスの件は、ネコさんに協力してもらったんだ」
「そう、あの雌猫が関わっているからか。まあ、些末なことは置いておくとして。人の魂には確かに価値があり、天秤で計れもしよう。そして、お前の力が増大し闇の属性の影響を受け、人の魂に負の遺産(恐怖、苦痛、悲嘆、憎悪、嫉妬等)が刻まれととき、それを何倍にも増幅して霊子に変換する力が発現したのだ。
これで富を得る方法が判明したな。人々の魂に負の遺産を叩きこめばよい。存分にこの世を地獄に変えれば、月の番人などに後れを取ることもあるまい!」
「うっうむ。しかし、三八兆円分もの負の遺産を稼ぐには一体どれほどの人々を恐怖に叩き込まねばならないか?さ、流石にこれはやってはならないことでは無いのか?」
「ふっ、我は解決方法を教えたまで。あくまでも人の子に留まりたければそうすればよい。魔導を振るう者としては、不甲斐ないがな。だが、望むものを得られぬなら、魔導を極める甲斐もなかろうに。笑止千万、失笑必滅」
「し、しかし、姉さんを俺は・・・」