「くっく。マリア、そう言えばあの森に南海の虎が現れてな」
「そ、その話は、関係ないではないか。ここでは竜殿ぅ」
なに?
マリアは話について行けず、とりあえずうろたえるナルシュの杯を満たした。
「まあ、良いか。それでな、マリア。こいつ、油断して炎狼《ファイアーウルフ》に丸焼けにされそうになってな。まっ、仕方ないから俺が助けてやったんだが。
それ以外は、及第点をやれるな。初めてで、あれだけ稼げるんだからな」
竜は、隣に侍る美形に注がれる酒を興味なさそうに飲みながらナルシュを揶揄《からか》った。
「それは、仕方なかろうが。俺の故郷にいた海棲の魔物は、火など噴かぬからな」
なだめるように、マリアがナルシュの杯に酒を満たしてやっている。
「しかし、竜殿のあの技はいったい?魔物を牽制する黄金のコインと何処からともなく出した灼熱の炎も防ぎきる黄金の剣とは、なんなのだ?」
「うーん、そうだな。ナルシュ、俺たちが今飲んでいる酒は何で出来ているか知っているか?」
「酒か、それぐらい。俺を世間知らずの王子と思って侮っているのか?」
「ナルシュ、そのようなことは有りませんよ。竜様は、大事なことを教えようとしています。多少、変わり者のナルシュを揶揄う気持ちも半分くらい有りそうですが」
「なんだと、くっ。
俺が、知る限りこの酒はブドウの絞り汁を何か月か寝かせて作ったものだ。だから、ブドウの絞り汁でできている」
「まあ、作り方はそんなところだが。ブドウを皮ごと絞って壺にでも入れておけば勝手に酒になる。乱暴に言えば、ブドウの絞り汁にある作用を与えて酒に変えたということだ」
「それと、竜殿の不思議な技とどういう関係があるのだ?」
「まあ、さきほどブドウを皮ごと絞ってと言ったな。ここに酒造りに秘密がある、実はブドウの皮には目で見えない生き物が潜んでいて、そいつがブドウの絞り汁を酒に変えてしまうのだ」
「なに、目に見えない生き物だと?」
「ああ、だがその生き物は、今は関係ない」
「俺はナルシュが見たとおり、不思議な技を使える。俺が技を使えるのは、ある物の作用だ。魔術師が魔力で魔法を使うように、俺は仮想通貨で不思議な技が使えるんだ」
「なに、竜殿の技は仮想通貨が鍵なのか?」
「今日、魔物とナルシュを戦わせて適性を確認した。お前には、適性があった。だから、お前が中心になって、ナッキオ群島で仮想通貨のネットワークを構築することは可能だ。 ただし、俺の教えを受け入れるという条件を飲めればの話だが、どうだナルシュ?」
「是非もなし、竜殿の教えを受けさせてくれ。このとおりだ!」
「ということで、霊子《レイス》をハードフォークしてEJを作るのが当面のお前の課題だ。すぐに、できるものでもないが焦らずに完成させよ!」
「はい、竜殿」
「ハードフォーク、ソース 霊子、ディスティネーション EJ!」
ナルシュの周りの空気が一瞬輝いて、元に戻った。
「くそっ、朝からやっていて、なぜ出来ない。なぜ上手くいかない?いや、もう一度だ!」
夕闇が訪れるころ、二人の男女がナルシュの苦悩する様を木の陰から見つめていた。
「なんだ、マリア。そんなに奴が心配か?ま、助けてやってもいいが。そうだな、久しぶりにお前の素顔が見たい。どうだ、惚れた男の為に身を捧げるか。今更だろ娼婦を生業にするお前だ、そんなに高い要求ではあるまい、うん、どうする?
そうすれば、奴を助けてやろう。どうするマリア?」
「くっ、お願いします、竜様。ナルシュを助けてあげてください」
わずかな逡巡の後、マリアは血の出る想いで言葉を発した。