書名 52ヘルツのクジラたち
著者 町田そのこ
発行 中央公論新社
ページ数 260
ジャンル 現代小説
貴瑚 あだ名はキナコ。母と義父に虐待される。ぼんやりと自死を思いながら暮らす。
母 貴瑚の実母。再婚し貴瑚を疎ましく思う。義父が倒れてから、貴瑚を介護要員とする。
安吾 あだ名はアンさん。街で偶然貴瑚と出会い、虐待から救おうとする。
美晴 貴瑚の高校時代の友人。安吾と勤め先が同じ。街で偶然貴瑚と再会する。
主税(ちから) 貴瑚の勤め先の専務。貴瑚の恋人となる。
貴瑚 人生が嫌になり、余生を贖罪に費やそうと誰にも言わずに田舎に引っ越す。
愛(いとし) 貴瑚がつけたあだ名は52。男児だが見た目は少女のようでかわいらしい。母の琴美に虐待される。偶然貴瑚と出会う。
琴美 愛の母。人生がうまくいかず、愛をストレスのはけ口とする。
品城 愛の祖父で琴美の父。人格者だったが、琴美を溺愛しており愛への虐待に目をつぶる。
美晴 いなくなった貴瑚を探し出し、田舎まで追いかけてくる。貴瑚の親友。
村中 設備業の気のいい青年。惚れっぽい。親族もいい人たち。
ケンタ 村中の配下。村中を尊敬する。スピンオフ掌編「ケンタの祈り」の主人公。
クジラの歌(くじらのうた)は、コミュニケーションを目的としてクジラが発する一連の音である。特定の種に属するクジラ(代表的には、ザトウクジラ)が発する、反復的でパターンが予測可能な音で、その発声が、鯨学者に人間の歌唱を想起させるものを指すために「歌」とよばれる。 ---- ウィキペディア「クジラの歌」より
クジラは特定の周波数の声で仲間とコミュニケーションをとりますが、52ヘルツという高い周波数の声を出すクジラもいて、そのような声は仲間には聞こえないといいます。そこから転じて、声にならない声をあげる人、助けを求める声を聞き取ってもらえない人のことを「52ヘルツのクジラたち」と本書では呼んでいます。
[現在] 心と体両方に傷を負い、人生が嫌になった貴瑚は、田舎町に引っ越します。引っ越した近所で、美少女のような少年・愛と出会います。愛は親から虐待されていたのでした。他人事と思えない貴瑚は、かつてアンさんからしてもらったように、愛を救おうと奔走します。親友の美晴、家の補修で知り合った村中に協力してもらいながら、愛の別の親族を探し出すことに成功します。その親族に一度未成年後見人になってもらい、愛が15歳になったら次の後見人に貴瑚がなるよう準備を進めることになったのでした。
愛を虐待から救う現在の話は全体の2割で、残りの8割は貴瑚に過去おこったことの話です。
[過去] 貴瑚の母が再婚してから、夫婦ぐるみでの貴瑚への虐待が始まります。ある日、死を覚悟した貴瑚が街をさまよっているところ、偶然高校友人の美晴と再会します。美晴と一緒にいたアンさんと三人で飲みに行き、貴瑚の窮状を聞いたアンさんは、母と対峙し貴瑚の救出に成功します。住むところと勤め先も得て、徐々に貴瑚は人間性を回復していったのでした。
貴瑚は勤め先で専務・主税と出会い、恋仲になります。主税に夢中になる貴瑚ですが、反対にアンさんとは疎遠になります。そして決定的な事件が起き、貴瑚は大けがを負い、主税と別れ、アンさんを永遠に喪います。貴瑚は自分も死んだような気になり、美晴にも言わず誰も知り合いのいない田舎町に引っ越します。
虐待は扱いづらいテーマだと思いますが、著者はよく取材して書いたと思います。人は誰でも、多かれ少なかれ52ヘルツのクジラなのかもしれません。貴瑚の母、愛の母の琴美、主税でさえも、声にならない声をあげていた人たちだったのではないでしょうか。母も琴美も、悪人になりきれていません。母は貴瑚を高校まで出しましたし、琴美も職場ではまじめに働いています。貴瑚も、自分を虐待している母がそれでも大好きでした。客観的に見れば、異常な関係性だと思います。
貴瑚の母、愛の母の琴美が古い言い方ですが「だめんず・うぉ〜か〜」だったことが虐待の大きな原因となっています。男への依存度が高い女が、子供を疎ましく思うことが多いということなのでしょうか。やはり教育が重要だと思います。女も一人で食べていけるくらいのスキルを身につけ自立することが、まわりまわって虐待を少なくすることにつながると感じました。
本書の帯の裏に、村中の設備業の部下であるケンタが村中をどう思っているかを描く掌編が載っています。版によっては、この帯がないものもあるのかもしれません。ケンタの祈りは、失恋した村中が貴瑚に出会うまでを描いています。
以上