NHK大河ドラマ『どうする家康』第23回「瀬名、覚醒」が2023年6月18日に放送されました。武田勝頼は長篠の合戦の敗北後も領土拡大を進め、徳川家とは戦争が続きます。ナレーションでは徳川家康と松平信康が親子仲良く戦ったと述べます。実際は方針をめぐって対立していました。ここでもナレーションとドラマが異なります。歴史として知られている話が美化されて伝えられたものであることを風刺します。
瀬名が武田の使者の千代と密会していると知った五徳は信長に密告します。現実世界では父の日に密告の手紙を父親にプレゼントしました。築山殿事件は五徳の密告が契機です。その結果、五徳は夫と死別し、娘と生き別れとなりました。考え無しに密告した五徳の浅はかさを印象付けます。これに対して『どうする家康』では織田信長から密告を強要されたと描きます。五徳にも同情心を抱けるようになっています。
五徳の密告を受けた信長は、水野信元が武田と内通しているとして家康に処分させます。信元殺害は家康が戦国大名としての権力を確立するためにも必要だったとする見方があります。源頼朝が上総広常を殺害したように。これに対して『どうする家康』は信長による武田内通者への見せしめと位置付けます。
信元は佐久間信盛の讒言で殺害されたとする説もあります。信元の領土が信盛の領土になっているためです。信長の家臣達は信元殺害を冤罪による粛清と認識し、動揺します。荒木村重や松永久秀の謀叛に繋がります。冤罪を作ったと見られた信盛も後に信長に追放される運命です。
信元は家康生母の於大の方の兄です。於大の方が兄を殺害されたことを恨み、築山殿事件や石川数正出奔につながったとする説があります。信元殺害が武田の使者と密会した築山殿への警告ならば築山殿を恨む理由になります。しかし、根本は殺害を命じた信長です。敵意が信長に向かないことは権力に弱い日本人の駄目なところです。
一方で『どうする家康』では家康自身が殺害現場に赴き、数正は突出していません。数正出奔の理由にはならないでしょう。
信康は、信元殺害を「だまし討ちは卑怯」と反発します。父親が信長の犬になっていると批判します。信長への反感は、火坂雅志『天下 家康伝』の信康と重なります。
瀬名と於愛の方は『源氏物語』の会話で盛り上がります。2024年の大河ドラマ『光る君へ』の宣伝です。読む書物の話で「書物と言えるようなものではなくて、もっぱら源氏物語」と言います。源氏物語は当時の人にとってラノベや「なろう小説」のレベルでしょうか。当時の人々の知的レベルは高いです。
この回の最後は唐人医師・減敬が登場します。減敬は築山殿の不義密通の相手であり、築山殿を悪女と描く歴史観の根拠となる人物です。『どうする家康』が瀬名を悪女と描かないことは当初から予想されましたが、減敬を登場させた上で悪女ではない描き方をすることは驚きです。瀬名が不倫のためではなく、武田家との交渉のために密会します。悪女の冤罪を晴らすドラマです。
驚きは減敬の正体です。『鎌倉殿の13人』でも鼓判官の平知康が承久の乱では後鳥羽上皇の使者の押松になるという驚きの同一人物説がありました。後の甲州崩れでは武田家一門の穴山梅雪が勝頼から離反し、織田・徳川陣営に走ります。瀬名は武田と内通していたのではなく、武田を切り崩そうとしていたのかもしれません。
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