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田中良・杉並区長の命の選別の問題

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  • 林田力
  • 2021/02/07 05:01

新型コロナウイルス感染者増加による医療資源逼迫が問題になっています。田中良・杉並区長は2021年1月8日付で小池百合子東京都知事に「重症者に対する人工呼吸器をはじめとした医療機器の装着に関するトリアージガイドライン」策定のための議論の開始を要望しました(「新型コロナウイルス感染症対策に関する緊急要望について」)。これが命の選別を進めるものと批判されています。

 

田中区長は文春オンライン記事で要望の趣旨を説明しています。「国や都は早急に情報を公開して国民的・都民的な議論を行い、トリアージ(治療優先度の順位付け)のガイドラインをつくるべきだ。命の選別という重責を医療現場だけに押しつけられない」(「「小池都知事は責任を果たせ!」命の選別が迫る医療現場…杉並区長が“無策すぎる都政”を告発」文春オンライン2021年1月11日)

 

これに対しては感染拡大防止や需要に応じた医療供給体制を構築することが行政の第一の仕事であると批判されます。

 

「行政のやるべき仕事が「いのちの選別・切り捨てのガイドライン」作成でしょうか?いいえ、行政の責任者は、いのちの選別が起こらないようにこそ、努める責任があります」(公立福生病院事件を考える連絡会「「高齢である・基礎疾患がある・障害がある」を理由にした「いのちの選別」推進に抗議します!」2021年1月26日)

 

「行政の責任者としては、命の選別が起こらないように努める責任があります。にも拘わらず、この記事の中には、医療体制を拡充する方向も、感染予防の充実を図る対策も、まったく語られていません」(「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会「新型コロナウイルス感染患者のいのちの選別推進を許しません」2021年1月29日)

 

杉並区長のような主張に対しては2020年の段階で舩後靖彦参議院議員が批判しました。「高齢者や難病患者の方々が人工呼吸器を若者などに譲ることを「正しい」とする風潮は、「生産性のない人には装着すべきではない」という、 障害者差別を理論的に正当化する優生思想につながりかねません。今、まず検討されるべきことは、「誰に呼吸器を付けるのか」という判断ではなく、必要な人に届けられる体制を整備することです」(「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「命の選別」への声明」2020年4月13日)

 

また、田中区長はトリアージという言葉で正当化していますが、トリアージの語義から外れていると批判します。トリアージは、すぐに治療を開始しなくても大丈夫な人を後回しにするための優先順位付けです。これに対して田中区長の問題提起は、人工呼吸器を必要とする二人の患者がいるが、人工呼吸器が一つしかない場合にどうするかという問題です。トリアージとは次元が異なります。災害時にはトリアージが必要とされるということで、この問題もトリアージで議論することは乱暴です。

 

「文春オンラインでの貴殿のcovid-19感染者拡大に伴うトリアージに関する発言は、トリアージ(治療優先度)の本質そのものから外れており、貴殿が言う治癒優先を論拠とした甚だしい認識違いによって、本来、最も治療を優先されるべき重症患者の命の切り捨てを行おうとしている」(特定非営利活動法人てんぐるま「抗議書」2021年1月25日)

 

そして杉並区長が感染拡大防止を最優先にしているかという点に疑問があります。杉並区は東京23区で唯一2021年にリアルで成人式を強行しました。新型コロナウイルス感染防止最優先の姿勢とは言えません。埼玉県さいたま市はオンライン成人式に切り替えましたが、私的にリアルで集まった新成人が感染しており、成人式で集まること自体にリスクがあります。その一方で命の選別の基準作りを進めようとしており、切り捨ての姿勢と見られても仕方ないでしょう。

 

また、杉並区は2020年4月に新型コロナウイルス対策補正予算を出して注目されました。しかし、その内実は立正佼成会附属佼成病院など既存病院の損失補填の意味合いでした。コロナ専門病院を作るという国内外の潮流に逆行するものでした(林田力「杉並区が新型コロナウイルス対策で補正予算案」ALIS 2020年4月19日)。

 

田中区長は今回の要望に関して文春オンライン記事で病院や医者の訴訟リスクに言及しています。患者本位の発想ではありません。

 

一方で人工呼吸器を必要とする患者は2人いるが、人工呼吸器は1つしかない問題の回答にはならないとの反論が予想されます。命の選別は現実に起きている問題です。新型コロナウイルスに感染し、入院する必要があっても、病床の都合で入院できない人が増えています。埼玉県の2021年1月15日の自宅療養者は3465人、入院調整中は261人でした。

 

既に病床は逼迫ではなく、入院できない患者で溢れている状態です。病床使用率は100%ではないが、まだ余裕があると解釈することは勘違いです。100パーセントに満たない分は病院がリザーブしているもので、新規に患者が出ても必ずしも提供されるものではありません。新規お断りという現在の事実上の状態も、既に一つの選別をしていることになります。

 

以下は大阪の開業医の医療ネットワークでの報告内容を紹介した文章です。「高齢者施設や療養型病院で感染した患者さんは、多くの場合は集中治療室にも入りませんし、人工呼吸器もECMOも装着しませんので、重症患者には数えられません。悲しいことですが、年齢や患者背景から、救命すべきと判断された人だけが急性期病院の重症ベッドに入院できる状況です」(細井雅之「『赤信号』大阪:現場で起こっていること」週刊日本医事新報5043号)

 

既に恣意的な選別が行われている疑いがあります。新型コロナウイルスに感染した石原伸晃議員は無症状でも大事をとって入院しました。大勢が入院待ちしている中で、無症状でも国会議員は即入院できるという不公正があります。

 

このような一般人か上級国民かで区別する状況に対しては、その人の社会的地位やバックではなく、純粋に救命可能性から優先順位を判断する方が公正な基準です。政治力で判断されるよりは救命可能性で機械的に判断される方が公正と感じる人は多いでしょう。

 

データを情報公開した上で透明性と納得性のあるガイドラインを作成することには意味があります。ガイドラインは現場が恣意的に選別することのストッパーとして意味を持ちます。国家権力に対する憲法のような役割です。たとえば林田医療裁判でも厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が議論されました(平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)。

 

この点でガイドラインを整備して透明なプロセスにするとの主張には評価できる点もあります。批判する側が単に自分達にも配分をという昭和の圧力団体的な我田引水の主張に過ぎないならば、世論の反発を受けかねない逆効果になるでしょう。しかし、田中区長には医師や病院が仕事をしやすくするための基準作りという視点でしかないことが問題です。

 

田中区長は「あらかじめ説明や合意がなければ、人工呼吸器などを外されて亡くなった患者の遺族から、病院や医者が訴訟を起こされるかもしれません」と言います。しかし、「あらかじめ説明や合意」があっても、最初に説明と合意を取り付ければ終わりというものではありません。それではアリバイ作りのための説明や合意になってしまいます。

 

また、田中区長はチーム医療の進歩を理解していない点も問題です。田中区長の問題意識は「「この人から人工呼吸器を外して、あの人に付けないといけない」という判断を現場の医者に押しつけていいのか」です。しかし、ガイドラインがない現時点でも、現場の医師が一人で判断することではありません。チーム医療が求めらえており、チームとして判断します。問題の性質からいって倫理委員会マターである。チーム医療による判断は林田医療裁判を取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」でも強調されました(林田力「第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」キーパーソンを議論」ALIS 2019年11月24日)。

 

逆にガイドラインがあるとしても、ガイドラインに当てはめる作業は残ります。病院や医師はガイドラインがあれば責任逃れや思考停止が許される訳ではなく、ガイドラインに照らして実体的にも手続的にも適正か否か説明責任が問われます。この点でもチーム医療や倫理委員会の判断が重要になります。

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