『レジェンド&バタフライ』は織田信長と妻の濃姫(帰蝶)を描いた歴史映画です。レジェンドは信長、バタフライは濃姫を指します。バタフライは帰蝶の名前だけでなく、蝶のように自由に飛び回りたいという思いが込められています。
東映70周年を記念して制作され、2023年1月27日に公開されました。信長役は木村拓哉さん、濃姫役は綾瀬はるかさん、監督は『るろうに剣心』の大友啓史さん、脚本はNHK大河ドラマ『どうする家康』の古沢良太さんです。
宣伝ではキムタクの映画と強調されがちですが、信長はカッコつけるばかりです。若き日の信長は虚飾よりも質実を重視し、それが守旧派から理解されず、「うつけ」と評価されたと考えられがちです。しかし、『レジェンド&バタフライ』の信長はヤンキーファッションでカッコつけるような存在でした。前田犬千代らもヤンキーの取り巻きという下品さがあります。老臣達が失望することは当然でしょう。
『どうする家康』と同じ脚本家が重なる時代を描いたということで両作品に登場する信長が対比されます。『どうする家康』の岡田准一さんの信長が魔王として評価が高いですが、それと比べることは酷でしょう。『どうする家康』の信長は家康から見た信長であり、ただただ恐ろしい存在に見えます。これに対して『レジェンド&バタフライ』は信長自身を描きます。弱いところや情けないところも出てきます。
序盤は濃姫が信長を圧倒しています。濃姫のアクションは見事です。流石はNHK大河ドラマ『八重の桜』の山本八重や『精霊の守り人』のバルサと言ったところでしょう。濃姫は歴史上、信長の人生において、それほど大きな存在として描かれませんでした。濃姫の父親の斎藤道三が信長の将器を見抜いた話は有名ですが、それは道三の話であって、濃姫自身の話ではありません。
漫画『信長協奏曲』やNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で濃姫(帰蝶)が重要キャラクターとして描かれるようになりました。特に『麒麟がくる』は帰蝶役の沢尻エリカさんが大麻取締法違反で放送開始が遅れるという不幸な注目のされ方をしました。しかし、急遽代役となった川口春奈さんが好演し、むしろ川口さんの帰蝶しか考えられなくなりました。
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『麒麟がくる』の帰蝶あっての『レジェンド&バタフライ』と言いたくなるほどです。信長は安土城の天主に居住しました。『麒麟がくる』の帰蝶も『レジェンド&バタフライ』の濃姫も高層の天主に暮らすことは登り降りが大変と言います。現代の高層マンションのエレベータ渋滞の風刺になります。
一方で明智光秀を主人公として描いた『麒麟がくる』とは大きな相違もあります。『レジェンド&バタフライ』の光秀は信長に魔王として覇道を突き進むことを求めています。信長の残酷なエピソードは光秀が率先したり、光秀のプロデュースだったりします。
信長は病になった濃姫を看病します。現代風に言えばワークライフバランスの介護休暇です。この時期の信長は柴田勝家を北陸方面、羽柴秀吉を中国方面、佐久間信盛を大阪方面、光秀を畿内方面、滝川一益を関東方面と、方面軍制度を進めました。信長自身が陣頭指揮せずに各地で並行的に領土拡大を進める画期的な仕組みです。実は信長自身の負担を減らすワークライフバランスのための発明となると面白いです。
光秀は信長が帰蝶を看病することに不満です。ワークライフバランスを認めようとしません。1992年のNHK大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』では光秀が信長に働かされ過ぎて過労死寸前に追い込まれて本能寺の変を起こしたと解釈しました。過労死が社会問題化した時代を反映しています。『レジェンド&バタフライ』では逆に光秀が信長を頑張らせようとしています。信長のようなトップでも組織から見れば役割を果たすことが求められる歯車になります。
『どうする家康』との対比では徳川家康にも注目です。斎藤工さん演じる家康は本能寺の変直前の安土城での饗応で登場します。光秀が饗応役となり、信長からパワハラを受ける展開が定番です。『麒麟がくる』の信長は卑怯にも徳川家康の反応を見るための演技だったと言い訳しました。『レジェンド&バタフライ』も単純なパワハラではありませんでした。
『麒麟がくる』最終回「本能寺の変」
ここでの家康は織田家の事情を見透かす大物感たっぷりです。天下人になるだけの存在と思わせます。『どうする家康』の松本潤さん演じる2月時点の家康からは想像できません。『どうする家康』の家康も変貌していくのか、それとも「どうする?」状態のままなのでしょうか。
『レジェンド&バタフライ』には映画『タイタニック』を連想させる演出があります。2023年2月は映画『タイタニック』の劇場公開25周年を記念した『タイタニック ジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター』が上映されました。
本格時代劇を期待する向きには『タイタニック』的演出に異論があるかもしれません。『どうする家康』は第5回「瀬名奪還作戦」の駿府での瀬名奪還作戦や第7回「わしの家」の本證寺潜入と創作話を入れてきます。創作話を入れる点が古沢脚本の時代劇の特徴でしょうか。
『どうする家康』第7回「わしの家」三河一向一揆
『タイタニック』的演出に賛否はあるでしょう。終盤に登場するため、映画そのものの印象が恋愛映画となります。しかし、本当にやりたいことは魔王という役割を果たすことではなく、社会の制約から抜け出すことが自由と言いたいのでしょう。それは21世紀人の価値観を戦国時代に押し付けることとの批判が出るかもしれませんが、戦国時代にも荒木村重という、それまでの人生を捨てて生きた人物がいます。信長と濃姫の夢を出鱈目と切り捨てる方が逆に歴史に浅いかもしれません。