東京都杉並区は新型コロナウイルス感染症(COVID-19; coronavirus disease 2019)対策の補正予算案を2020年4月20日に開会する第1回臨時区議会に提出します。杉並区では早くも2月に立正佼成会附属佼成病院で新型コロナウイルスの院内感染が起きました。その時点から杉並区の情報発信は隣の中野区などと比べて積極的でした。補正予算でも積極性を出しています。
補正予算の中心は区内基幹病院(河北総合病院、荻窪病院、佼成病院、東京衛生アドベンチスト病院)の入院病床拡充、発熱外来センター設置への補助です。補正予算額24億7,864万4千円に対して、入院・外来体制強化補助事業は22億2,900万円です。補正予算の9割近くを占めています。
発熱外来センターは地域の開業医がローテーションで出向します。その開業医に対しては医師確保支援事業5,060万円が別に計上されています。入院・外来体制強化補助事業は4病院への補助になります。1病院につき月額約1億2,800万円から約2億8,000万円までと試算されています。
入院・外来体制強化補助事業の仕組みには分かりにくさがあります。名目は病床の増設や発熱外来センター設置経費の補助ですが、要したコストに補助する形にはなっていません。病院の収入が過去3年の平時における収入の平均額と比べて減少した分を補助します。個人が住宅を耐震リフォームした際に補助金が得られる仕組みとは異なります。減収分を補助する方法は経営のモラルハザードを引き起こす危険があります。
杉並区としてはモラルハザードのデメリットも踏まえた上で医療崩壊回避を優先して、この方法を選択したのでしょう。病院は減収の心配をせずに新型コロナウイルス対策と地域医療の維持に全力を投球してくれと。そこは理解できますが、金融危機に際してTBTF; Too Big To Fail(大きすぎて潰せない)問題がモラルハザードを起こしていると指摘されました。地域の大病院にも同じ問題が生じます。
新型コロナウイルスによる減収は病院に限りません。減収分の補助ならば区内の多くの事業者が希望するでしょう。病床増設や発熱外来設置のための補助金と言えば区民の多くの賛同が得られるでしょうが、杉並区は入院・外来体制強化補助事業がコストを直接補助する仕組みではないことを明確にして区民の理解を得る必要があります。
また、4病院は事実上の半公営病院に近付くことになります。減収分を補助することは、事業に補助金が出ることとは意味合いが異なります。公的性格を有し、これまで以上に公正なプロセスや説明責任、情報公開が求められる立場になったことを自覚する必要があります(林田力「新型コロナウイルス感染拡大と人工呼吸器の配分」ALIS 2020年4月18日)。都合の良い時だけ民間の事業者の顔をすることは許されません。特に佼成病院は宗教法人立正佼成会が運営しています。政教分離の観点からも検証が求められます。
杉並区が独自の病床増設・発熱外来設置策を出したことは、動きが遅い日本の公務員組織の中で英断です。しかし、国内外の対策はコロナ専門病院に集中させる傾向があります。
中国湖北省武漢市ではコロナ専門病院の火神山医院を整備開始から10日後に稼働させました(江村英哲「新型コロナ病院、日本でも10日で建設可能」日経XTECH 2020年3月23日)。
英国ロンドンでは大型展示場を9日間で仮設病院ナイチンゲール病院にしました(「英展示場、4000床の仮設病院に 皇太子が開設式典にビデオで出席」AFP 2020年4月4日)。
大阪市は市立十三市民病院のコロナ専門病院化を打ち出しました。
これらに比べると杉並区が4病院を対象としたことは業界横並び的な印象を受けます。隔離が不徹底になるとの懸念もあります。一方で区民としては遠方のコロナ専門病院となると、行くだけでも大変であり、区内各地の基幹病院で対応できることにメリットがあります。一概に集中が良いとは言えませんが、政策決定理由を明確化し、検証に耐えられるようにする必要があるでしょう。
新型コロナウイルス感染症患者向けの病床の増設や発熱外来は多くの区民が賛成する政策でしょう。それは展示場を仮設病院にするように既存の医療機関と無関係に実現することも可能です。区内基幹病院の減収を補填しなければ区内基幹病院が存続できず、医療崩壊が起きてしまうという価値判断だけでは、昭和の護送船団方式になり、新型コロナウイルス対策としては歪められたものになります。