NHK大河ドラマ『光る君へ』第三回「謎の男」が2024年1月21日に放送されました。藤原道長の冤罪被害で始まりました。第二回「めぐりあい」で藤原兼家は賊を捕まえた者には褒美を与えることを進言しました。その結果、無実の人間を冤罪で逮捕する点数稼ぎが横行します。
点数稼ぎによる冤罪は現実の話です。大川原化工機冤罪事件の国賠訴訟の2023年6月30日の証人尋問で警視庁公安部に所属した警察官は「輸出自体には問題はなく、捜査員の個人的な欲でそうなった」と証言しました(粟野仁雄「公安部警察官が「まあ、捏造ですね」「捜査員の欲でそうなった」前代未聞の証人尋問で明らかになった不正捜査の数々【大川原化工機事件】」デイリー新潮2023年7月5日)。
道長の冤罪の原因は、まひろが検非違使の放免に犯人の逃げた方向を虚偽説明したためです。まひろが嘘をついた結果、道真が犯人と決めつけられると、まひろは「違います」と言います。どうしようもなく無責任な御都合主義です。主人公として感情移入も共感もしにくいものです。
『光る君へ』は第一回から貴族の血の穢れの意識を無視していると批判を集めました。X f/k/a Twitterでは早くも #光る君へ反省会 ハッシュタグが登場しました。血の穢れについては第二回で藤原兼家から説明がなされ、制作側も意識していたことが明らかになりました。
しかし、当時の貴族が血の穢れを嫌悪する意識は、現代の不祥事に対する官僚的思考のように隠蔽すれば済むと思っているものではなく、本当に自分が穢れると怖がっていたものではないかという反論があります。兼家が穢れた道兼を「毒を食らわば皿まで」と陰謀に重用することはあり得ないのではないかとの考えも出てきます。加えて主人公が冤罪に加担しており、反省会に燃料を投下することになりました。
第三者や自称被害者の虚偽供述や誤った供述は冤罪を作る原因です。愛知県名古屋市瑞穂区白龍町のマンション建設反対つぶし冤罪事件が起きました。マンション建設反対運動リーダーが現場監督から胸を両手で突き飛ばしたとでっち上げの告発をされ、暴行罪で逮捕・勾留・起訴されましたが、無罪判決になりました。テレビドラマ『99.9-刑事専門弁護士 完全新作SP 新たな出会い篇 映画公開前夜祭』では建設問題の告発者を虚偽の告発で陥れるパターンが描かれました。
99.9 刑事専門弁護士 THE MOVIE
ドラマにもなった福澤徹三『白日の鴉』でも貧困ビジネスを隠すために虚偽の告発で痴漢冤罪が作られました。
『白日の鴉』冤罪と貧困ビジネス
直近では兵庫県警が尼崎市内のコンビニエンスストアのパート従業員を誤認逮捕しました。現金が盗まれたとコンビニ店長が警察に訴えたものですが、事実は店が本部に売上金を数十万円多く送金していたでした(「兵庫県警がコンビニ従業員を誤認逮捕 実際は窃盗被害なし」NHK 2023年12月2日)。
道長は身分が明らかになれば釈放されますが、身分によって対応を変えることは理不尽です。現代の上級国民批判に重なります。身分によって対応を変えることは当時の歴史的事実ですが、大河ドラマには現代社会へのメッセージもあるでしょう。また、釈放されれば良いというものではないでしょう。逆に貴族を誤認逮捕したとして放免に重い罰が与えられなければ歴史に忠実とは言えないでしょう。
右大臣・藤原兼家は自分が権力を握るために左大臣・源雅信の動きを気にします。特に雅信が娘の倫子を入内させるのではないかと気にします。雅信は宇多天皇の孫であり、天皇家の一族という意識が元々あり、藤原氏ほど外戚となることにガツガツしていませんでした。兼家は自分の物差しで他人を理解しようとする過ちを犯しています。
雅信が倫子を入内させないことは身の安全にもなりました。かつて藤原氏は菅原道真を冤罪で左遷させました。道真の娘は斉世親王の妻になっており、道真は斉世親王を天皇にしようとしていると虚偽告訴されました。雅信は虚偽告訴されることもありません。
歴史を見れば藤原氏は冤罪を作る側でした。まひろが冤罪を作り、道長が冤罪被害者となり、すぐに何事もなかったかのように物語が進むことに釈然としないものがあります。冤罪は人生を滅茶苦茶にする重大なものであり、道真を冤罪に追い込んだ藤原時平が早死にしたように冤罪を作る側も必死なものです。道長が冤罪被害者になりながら、何事もなかったかのように振舞うことで、冤罪そのものが軽くなってしまいます。
兼家の意を受けた藤原為時は情報収集目的で、まひろを倫子のサロンに参加させます。まひろにとって自己の才能をアピールする場になりました。紫式部は『紫式部日記』で「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人」と批判していますが、この時のまひろも結構「したり顔にいみじうはべりける人」になっていました。
まひろは帰宅後に父親の目的を知り、間者のようなことをさせたのかと反発します。第一回の衝撃の展開で権力の横暴が描かれました。時代や社会によっては革命運動に身を投じても不思議ではない出来事です。しかし、まひろにとっては権力に怒りを抱く以前に父親が壁になっています。
『光る君へ』第二回めぐりあいとすれ違い
NHK大河ドラマ『光る君へ』住まいの貧困と権力の横暴
光る君へと鎌倉殿の間の川越八幡宮