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新型コロナウイルスのワクチン接種と情報の非対称性

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  • 林田力
  • 2021/05/29 01:41

新型コロナウイルス感染症(COVID-19; coronavirus disease 2019)のワクチン接種を予約制とした自治体では、中々予約ができないという不満が渦巻いています。これは予約制の欠陥ではなく、情報の非対称性が存在することが問題です。医療は参入障壁のある規制産業であり、情報公開は当然の義務という視点が必要です。

ワクチン接種の制度設計では予約制と指定制の二つの選択肢があります。予約制は市民が日時や会場を指定して予約します。指定制は自治体が日時や会場を指定し、都合が悪い人は調整します。制度論としては予約制の方が市民の自由を尊重しています。市民は日時や会場の希望を伝えることができます。

指定制は市民の都合に関係なく、自治体が一方的に日時や会場を決めるため、公務員にとって楽な制度です。日本の公共セクターには供給側の効率性で制度設計したがる傾向がありますが、それでは需要に応えるという民間企業では当たり前の発想を見出すことができなくなります(林田力「新型コロナウイルス検査抑制と和牛商品券」ALIS 2020年3月27日)。

 

そもそもワクチン接種は強制ではなく、接種のリスクを認識した上で本人の希望によります。この点でも指定制よりも予約制が馴染みやすいです。

予約制は本人の自由を尊重しているため、無断欠席が出にくいという効果もあります。ワクチン接種は強制ではないため、指定制の場合も無断欠席を批判できません。ワクチンは維持管理に手間がかかるもので欠席は避けたいものです。これも予約制のメリットです。

指定制は公務員にとって楽な制度と述べましたが、それは多くの市民が指定に従うことが前提です。後から調整希望が多発したら、予約制と手間がそれ程変わらなくなります。ほとんどの人が調整で当初の指定を変更したならば、公務員の手間は最初に全市民の日時・会場を指定する分が多くなります。公務員側にも指定制にメリットがあるとは限りません。

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これらの理由から多くの自治体が予約制を選択したことはもっともです。しかし、現実の予約制では中々予約できないという問題に直面しました。そこから指定制が良かったとする声も出ています。

この指定制が良いという声が出ることには複雑な思いがあります。予約制の方が自由を尊重した制度であり、それを市民の側から放棄する主張になるためです。実際、個々人に自由に予約させるから混乱するという、お上に任せた方が効率的という前近代的な主張があります。

ここは予約制が何故機能しなかったかという点を掘り下げる必要があるでしょう。予約制が機能しなかった原因は需要に応えられていないためです。需要に比べて供給が圧倒的に少ない訳ではありません。情報の非対称性が存在するために、市場原理が機能しないためです。

ワクチン接種を実施する医療機関の中には公表すると予約電話が殺到して業務に支障が出るから公表しないところがあります。そのような医療機関は、懇意の患者の個別の要望で接種しています。前近代的なコネ社会に逆戻りします。予約制の優れたところは市民が希望を選択できることです。ところが選択するための情報が公開されていません。この状況ならば予約制を否定する声が出ることも当然です。

倒錯している点は情報公開がなされていない点を問題視せず、「だから、まずかかりつけ医に相談しましょう」という方向になることです。ワクチン接種は医療機関にとっては収入源になります。予約電話の殺到は困るが、継続的に接種に来てほしいという虫の良い話を満たすことになります。システムエンジニアが「システムがダウンしているので、アナログな方法で取引してください」と説明して許されるとは思えません。医療分野は供給側の意識が甘いと言えるでしょう。

この状況で国などが大規模接種会場を運営したことは正しい対策です。市民はスーパーマーケットやコンビニエンスストアで買い物し、チェーン店で食事するなど市場経済の中で生きています。誰にでも開かれたオープンでシステマティックなサービスが当たり前の時代です。かかりつけ医にローカルな形で連絡して接種するという仕組みでは都市型の市民に浸透しないでしょう。

日本が明治時代に資本主義をソフトランディングできた背景には江戸時代から三井越後屋が現金掛け値なしで販売したことが大きいです。商品の定価を提示して消費者を差別せずに現金があれば誰にでも同じ値段で販売しました。医療分野の市場水準は江戸時代以前のところがあるでしょう。

 

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種予約

 

 

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東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った

 

埼玉県警察不祥事

 

 

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