NHK大河ドラマ『どうする家康』第11回「信玄との密約」が2023年3月19日に放送されました。おんな城主と言えば『おんな城主 直虎』の井伊直虎が有名ですが、もう一人のおんな城主・お田鶴の方の悲劇を描きます。
家康は松平から徳川に改姓して、徳川家康が誕生します。ナレーションは由緒正しき源氏の末裔と紹介しますが、この時点では藤原家康です。徳川改姓の勅許は室町幕府を通して行うものですが、室町幕府将軍・足利義輝が永禄の変で殺害され、将軍不在でした。このため、家康は近衛前久を通じて徳川改姓の勅許を求めることとなり、本姓藤原氏の徳川氏となります。
ドラマでも「徳川三河守藤原家康朝臣」と表示されます。ナレーションと実際のドラマ展開が正反対です。ナレーションは江戸時代以降に神君家康公の英雄譚を物語る体裁ですが、権力者が都合よく歪曲したものとの皮肉になります。
武田信玄は同盟相手の今川の領地を侵略します。家康は武田と組んで遠江に侵攻しますが、主体的な領土拡張ではなく、武田に取られる前に取るという発想です。信玄は家康に団子を食べさせます。二人で今川の領土を分け合おうという暗喩でしょう。
後に天下人になった家康は「織田がつき羽柴がこねし天下餅 座りしままに食ふは徳川」と詠まれました。ここでは文字通り「座りしままに」食べさせられました。家康が食べた団子は僅かで、残りは信玄が食べ尽くします。表向きは武田が駿河、徳川が遠江という約束ですが、信玄は遠江を丸々家康に渡すつもりがないのでしょう。
浜松では有名なものの、全国区ではないエピソードに小豆餅があります。家康は三方原の戦いで信玄に敗れて浜松城に逃走します。その途中に家康は茶店で小豆餅を食べましたが、武田軍の追っ手を恐れて代金を払わずに逃げ出しました。茶店の老婆は家康を追いかけて代金の支払いを要求しました。信玄との会合で食べ物が登場したことから、小豆餅のエピソードも描かれるでしょうか。
信玄と家康の政治的な話では団子は領地の暗喩でした。田鶴にとって団子は駿河の平和で幸福な思い出です。田鶴と瀬名の駿府での生活は、学校帰りにタピオカを飲んで恋バナをする21世紀の女子高生と重なります。時代劇ファンからは批判要素になるかもしれませんが、『どうする家康』は21世紀人の感性に沿ったドラマです。
田鶴と瀬名のエピソードは時系列的には第1話の頃です。第1話では描かずに回想として描きました。大河ドラマを見続けるコアな視聴者は第1話に幸せな駿府生活を描き、だから今回の田鶴の決断になったと納得感を得たいところです。そのような展開を考え抜かれた脚本と称賛したくなります。
たとえば『鎌倉殿の13人』では畠山重忠の良さを描き続けました。それ故に畠山重忠の変の冤罪の理不尽さが大きくなり、畠山重忠ロスも生まれます。
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一方で今回初めて観る視聴者には今回の中で田鶴の思いを描く展開が理解しやすいでしょう。これはこれで考え抜かれた脚本になります。どちらを優先させるかとなるでしょう。
駿府は信玄に侵略されます。平和な駿府はロシア連邦に侵略されるウクライナに重なります。ウクライナ侵略に対して世界中から同情と抗議の声が高まりました。国際刑事裁判所International Criminal Court; ICCはウクライナの被占領地域からロシアへ子どもを強制移送し養子縁組をした戦争犯罪を理由として、ロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領とマリア・ルボヴァ=ベロヴァ大統領府子どもの権利担当委員に逮捕状を出しました。
国際世論がウクライナに強く同情する背景には、ウクライナの人々の近代的な市民生活が破壊されたことへの恐怖があります。ウクライナ以前からロシア連邦はチェチェンでもシリアでも残虐なことをしています。それらはウクライナほど大きな批判にはなっていません。
国際法的には自国内のチェチェンや形式的にはシリアの正統政権であるアサド政権を支援することと、主権国家のウクライナを侵略することには次元が異なります。それ故にウクライナ侵略への批判が大きいことは正当ですが、国際世論には、もっと単純にウクライナ人の市民生活への共感があるでしょう。
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このこと自体はチェチェンやシリアで弾圧される人々への想像力不足と批判される要素にもなります。しかし、チェチェンやシリアを批判しなければロシア連邦を批判する資格はないというものではなく、ウクライナ侵略について問題意識を持つことは持たないよりも素晴らしいことです。
田鶴の駿府時代の回想もロシア連邦で破壊されたウクライナの市民生活と重なります。ウクライナの人々がロシア連邦の侵略と戦うように田鶴が今川方で戦うことが納得できます。封建的な忠義で説明するよりも21世紀人には共感できる理由です。
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