“えーと、四五の十二で、四六の十三で、四七が――あれ、これじゃいつまでたっても二十にならないぞ!”
引用元:不思議の国のアリス
数字は我々の毎日の生活においてなくてはならないものだ。しかしながら、大きな数字と言うのは、我々のほとんどがなじみがないものである。日々の生活の中で出くわす最大の数字と言えば、数百万、数十億、または数兆の範囲である。我々は貧困状態にある何百万人もの人々、銀行救済に費やされた数十億ドル、そして何兆もの国家債務などについて目にするかもしれない。これらの見出しの意味を理解するのは難しいかもしれないが、これらの数字のサイズに関してはいくらかはなじんでいる。
数十億や数兆にはなじんでいるかもしれないが、我々の直観はすでにこうした大きさの数字の扱いをしくじり始めている。100万/10億/1兆秒が経過するのをどれだけ長く待たなければならないか、直感的に分かるだろうか?あなたが私のような人であるならば、実際に数字を噛み砕くことなくして途方に暮れてしまうことだろう。
この例を詳しく見てみよう。10⁶、 10⁹、10¹²:それぞれの差異は3桁の増加である。秒で考えるのはあまり役に立たないので、頭で理解できるものに変換することにしよう。
10⁶: 100万秒は1.5週間前。
10⁹: 10億秒はほぼ32年前。
10¹²: 1兆秒前にはマンハッタンは厚い氷の層の下にあった。
現代の暗号学の天文学を超えた領域に入るや否や、我々の直観は壊滅的に立ち行かなくなる。ビットコインは膨大な数字と、事実上推測不可能なことを中心に構築されている。これらの数字は、我々が日常で遭遇しうるどんな数字よりもはるかに大きい。桁違いに大きいのだ。ビットコイン全体を理解するには、これらの数字がどれほど大きいのかを本当に理解することが必要不可欠である。
具体例として、ビットコインで使われているハッシュ・ファンクションであるSHA-256を取り上げよう。256ビットを“256”として考えるのはごく自然なことだが、それはまったく大きな数字ではない。しかしながら、SHA-256の扱う数字は、我々の脳ではそれを処理することができない程の桁数である。
ビット長は便利な指標だが、256ビット・セキュリティの真の意味は、翻訳では失われてしまう。上記の数百万(10⁶)と数十億(10⁹)と同様に、SHA-256の数とは(2²⁵⁶)桁数である。
では、SHA-256とは実際どれぐらいの強度なのだろうか?
“SHA-256は非常に強力である。MD5からSHA1への段階的な移行とは異なる。 大規模なブレイクスルー攻撃がない限り、数十年は続く可能性がある。”
サトシ・ナカモト
ちょっと綴ってみよう。2²⁵⁶は次の数に等しい。
1157920892 無量大数
3731 不可思議 6195 那由他 4235 阿僧祇
7098 恒河沙 5008 極 6879 載 785 正
3269 澗 9846 溝 6564 穣 564 予禾 394 垓
5758 京 4007 兆 9131 億 2963 万 9936
非常に多くの無量大数!この数字を頭で理解するのはほぼ不可能である。物理宇宙でこれと比較できるものは何もない。観測可能な宇宙の原子の数よりもずっと大きいのだ。人間の脳は、単純にこれを理解できるようには作られていない。
SHA-256の本当の強さを最もよく視覚化したものの一つに、グラント・サンダーソンによる下記の動画がある。“256ビット・セキュリティはどれほど安全か?”というぴったりな名前のこの動画で、256ビット空間がどれほど大きなものかが美しく示されている。ぜひそれを見るための5分の時間を取ってほしい。その他すべての3Blue1Brownの動画と同じように、魅力的であるだけでなく非常によくできている。警告:あなたは数学のラビット・ホールに落ちてしまうかもしれない。
答え: かなり安全
ブルース・シュナイアー は計算能力の物理的限界を利用して、この数字を大局的に把握した。我々が、ビットを完全に反転させるために提供されたエネルギーを利用する最適化されたコンピュータを作れたとして、太陽の周りにダイソン球を作り、そしてそのコンピュータを1,000億年に渡って走らせたとしても、256ビットの干し草の中から一本の針を見つけ出すのには、まだほんの25%の確率しかないのである。
“これらの数字はデバイスのテクノロジーとは何ら関係がない。それらは熱力学が許す最大値である。コンピュータが物質以外のものから作られ、空間以外のものを占有するまで、256ビットキーに対するブルートフォース攻撃は、実行不可能であることを強く示唆している。”
ブルース・シュナイアー
この重厚さを誇張するのは難しい。強力な暗号は我々が慣れ親しんでいる物理的な世界のパワーバランスを逆転させる。現実の世界には壊れないものは存在しない。十分な力を加えれば、どんなドア、箱、そして宝箱でも開くことができるだろう。
ビットコインの宝の箱は、非常に異なっている。強力な暗号によって守られており、ブルートゥース(総当たり)攻撃で破られる事もない。基礎となる数学的仮定が成り立つ限り、ブルートゥース攻撃だけが我々ができるすべてだ。確かに、世界的な5ドル・レンチ攻撃(※翻訳者注1)の選択もあるが、拷問がすべてのビットコイン・アドレスでうまく行くわけではなく、ブルートゥース攻撃はビットコインの暗号による壁を打ち破ることはできない。たとえ千の太陽の力でもってしてイッタとしても。文字通りに。(※翻訳者注2)
この事実とその意味する所は「暗号武装への呼びかけ」の中で、鋭くまとめられている “いかなる量の強制力をもってしても数学問題は解決できない。”
“世界はこのように機能しなければならなかったのかは定かではない。だがどういうわけか、宇宙は暗号に微笑んでいる。”
ジュリアン・アサンジ
宇宙の笑顔が本物かどうかはまだ誰にも確実にはわからない。数学的な非対称性の仮定が間違っている可能性があり、Pが実際にNPに等しいのを発見するか、現在は困難であると仮定されている特定の問題への驚くほど迅速な解決策を見出す可能性もある。もしそうなれば、我々の知るような暗号技術は存在しなくなり、その影響は認識を超えて世界を変えてしまうだろう。
“Vires in Numeris” = “数字の強み”
epii
“Vires in numeris” はビットコイナーが使用するキャッチーなスローガンと言うだけではない。数字には計り知れない強さがあるという認識は深遠なものだ。このことの理解と、それが可能にする既存のパワーバランスの逆転は、世界とこれからの未来への私の見方を変えた。
このことの直接的な結果の1つは、ビットコインへの参加許可を誰かに求める必要がないという事実である。サインアップするページ、担当会社、申請書を送る政府機関はないのだ。単に大きな数字を生成するだけで、準備完了。アカウント生成の中央機関は、数学である。そしてその担当者はまさに神のみぞ知る。
ビットコインは、我々の最上の現実理解に基づいて構築されている。 物理学、コンピューターサイエンス、数学にはまだ多くの未解決の問題があるが、いくつかの点についてはかなり確信がある。解決策を見つけることと、これらの解決策の正当性を検証することとの間に非対称性があることは、そのようなことの1つである。その計算には、エネルギーが必要ということもまた別の1つ。 言い換えれば、干し草の山で1本の針を見つけることは、あなたの手の尖ったものが、実際に針であるかどうかを確認するよりも難しいのである。 そして、その針を見つけるには仕事が必要になる。(翻訳者注:Proof of Work)
ビットコイン・アドレス空間の広大さは、本当に気が遠くなるものだ。秘密鍵の数はさらに多い。この計り知れないほど大きな干し草の中から針を見つけ出すことが、いかにありえないことなのかという事実に、現代の我々の世界で多くの人間が魅了されている。私は今、これまで以上にこの事実を認識している。
ビットコインは私に、数字の強みを教えてくれた。(※翻訳者注3)
(C)Gigi "21 Lessons" クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)に基づき翻訳
※翻訳者注1・・・5ドル・レンチ攻撃 こちら記事を参照のこと。
※翻訳者注2・・・千の太陽の力でもってしてイッタとしても
かつて4chで話題になったミーム。日本のエロ漫画をファンが無理やりに英語に訳したフレーズ“I came with the force of one thousand suns.”からの引用。実際に1000の太陽の力で射精したらどうなるかを科学的に検証している奴がいて、海外にも才能の無駄使い文化があるのを知って嬉しくなった。脈略なく突然、下ネタをぶち込んでくる筆者であったが、ここでは、文字通り光の速さで飛び散ったスペルマが暗号で守られた壁にぶち当たって防がれるイメージが浮かんできてめっちゃウケた。
※翻訳者注3・・・“there is strength in numbers.” 英語のことわざ的に「3人寄れば文殊の知恵」のような“数が多いのは良いことだ”という意味合い。ここでは暗号的意味合いになるようタイトルにあるように“数字の強み”と訳した。