(この写真は蘭嶼島ではありません。念のため(^^;)
ブロックチェーンを使ったデジタルID発行・管理のこころみは、世界的にさまざまな形でおこなわれているようですね。
ALISの記事でもMALISさんが、国連の取り組みとして難民支援にブロックチェーンを用いたID発行・管理の問題を紹介されていました。
台湾でも、台北や高雄といった大都市で「スマートシティ」の実現を目指して、スマートIDの実施が議論されたりしています。
そうした議論より一歩進んで、台湾では蘭嶼島という離島に住む先住民の「達悟族(タオ族)」の人々に、ブロックチェーンを応用して構築されたシステムを用いて、自らの民族としての身分を証明する「デジタル民族ID」の発行が試験的に行われています。
この取り組みについては下記のように、2本の記事に書き留めてきましたが、その社会的背景とこの取り組みが目指す未来について興味深い情報を見つけましたので、少し書き留めておきたいと思います。
・本文に入る前に…
・なぜ、蘭嶼なのか?
・シャマン・ラポガンさんとは?
・蘭嶼の核廃棄物反対運動と民族自治
・タオ族の人々の懸念を解決できるか?
・ブロックチェーンが社会実装されるためには…
蘭嶼での「デジタル民族ID」の取り組みについては、これまでに以下の記事を書いています。
特に、ひとつめの記事では、台湾の先住民族と蘭嶼という島の特徴についても触れていますので、ご覧いただければ幸いです。
台湾の経済誌「天下雑誌」のウェブサイトに、2018年7月12日付で台湾・蘭嶼でDTCOというブロックチェーン開発企業が展開している「達悟族」への「デジタル民族ID」発行のこころみについての記事が掲載されました。
この取り組みをおこなっているDTCOのCEOである李亞鑫さんは、記事のなかで以下のように、蘭嶼とのつながりが紹介されています。
當他讀完夏曼.藍波安的《大海浮夢》後深受感動,將戶籍遷到蘭嶼,決定要用善長的區塊鏈,幫助蘭嶼達成達悟自治的夢想。
(彼はシャマン・ラポガンの『大海浮夢』を読み終えた後、深く感動し、戸籍を蘭嶼に移し、メリットの大きいブロックチェーンを使って、蘭嶼でタオによる自治という夢が達成されるよう手助けをしようと決めた)
この一文に、「デジタル民族ID」の取り組みがなぜ蘭嶼から始められたのか、そして、DTCOがブロックチェーンという新たな技術を使ってどのような未来を実現しようとしているのかが端的に説明されているように感じました。
シャマン・ラポガンさん(夏曼・藍波安、Syaman Rapongan)は、台湾の先住民族作家として著名な方で、先住民の生活や思考、歴史や社会状況などをモチーフとした文学作品はさまざまな賞を受賞しています。
『大海浮夢』は、シャマン・ラポガンさんの自伝的小説で、蘭嶼の社会が直面したさまざまな出来事に対するタオの人々の思考や行動が描かれています。
日本でも『大海に生きる夢』というタイトルで日本語訳が出版されています。
上に挙げた記事中では、シャマン・ラポガンさんについては、以下のように説明されています。
蘭嶼反核廢料運動的先驅、也是獲獎無數的海洋文學作家夏曼.藍波安(達悟語:Syaman Rapongan),是這段歷史的證人。他在80年代帶領族人發起「驅逐惡靈」活動,要求台電將核廢料搬離蘭嶼。
(蘭嶼の核廃棄物反対運動の先駆者で、多くの賞を受賞している海洋文学作家のシャマン・ラポガンは、この歴史の証人である。彼は1980年代に民族の人々を率いて「悪霊駆逐」運動を起こし、台湾電力に核廃棄物を蘭嶼から運び出すよう求めた)
先に挙げた『大海浮夢』には、ここに書かれている核廃棄物反対運動についても、文学的テーマのひとつとして描かれています。
台湾の慈善団体である慈林教育基金会のウェブサイトにある「社運事典(社会運動事典)」の「蘭嶼反核廢料運動」の項目によれば、1970年に台湾で初めての原発施設が設置されて以降、核廃棄物の貯蔵施設を蘭嶼に建設する計画が進められていきました。
その後、蘭嶼の人々には知らされないまま貯蔵施設の建設が進み、1982年から核廃棄物が蘭嶼に運び込まれるようになったということです。
1970年代から80年代、台湾は戦後直後から続く「戒厳令」のもとで、人々の権利が大幅に制限されていたため、こうしたことについて住民の意見はおろか、その存在が尊重されることはほとんどなかったといえます。
その後、1987年の戒厳令解除に前後する形で蘭嶼のタオ族の人々を中心に、核廃棄物反対の声が高まっていき、「驅逐惡靈」運動へとつながっていきます。
その運動を主導したのが、国立成功大学の博士課程まで進んだ経歴をもつシャマン・ラポガンさんだったということになります。
やがて、運動はタオ族の人々の「自治意識」を喚起する方向へと発展していき、2000年にはシャマン・ラポガンさんの起草による「蘭嶼自治宣言」が公表されています。
台湾の先住民族の「アイデンティティ」をめぐる権利回復運動は、タオ族だけではなくほぼすべての民族において、社会運動としての側面を持っています。
こうした蘭嶼とタオ族の人々が持つ社会的背景とブロックチェーンという新たな技術が、そのキーパーソンとしてのシャマン・ラポガンさんとDTCOの李亞鑫さんがつながることによって結びついたことがわかります。
「天下雑誌」の記事によれば、2018年4月26日にDTCOが蘭嶼で開催した記者会見ではシャマン・ラポガンさんのビデオメッセージが流され、発行されたばかりの「デジタル民族ID」カードをもって、プロジェクトへの支持を表明したとのことです。
記事中、シャマン・ラポガンさんは観光業に依存する蘭嶼の現状に対して、以下のような懸念を示しています。
觀光是一個製造很多紛爭的東西(…)對小島本身,遊客越來越多、垃圾量越來越高,承受現代性污染的垃圾也愈來愈多。
(観光は多くの議論を呼ぶことを生み出してしまう(…)小さな島に対して、観光客はどんどん多くなり、ごみの量はどんどん増えていく。現代化を受け入れて汚染されたごみもまた、どんどん多くなっていく)
こうした課題に対して、DTCOはブロックチェーン技術による「デジタル民族ID」の発行・管理とともに、観光客に対する「観光パスポート(觀光護照)」と独自トークンの発行をおこなうことで、問題解決を図ろうとしているようです。
具体的にどう課題を解決していくかということについては、冒頭に挙げた僕の別記事に書いていますので、そちらを参照していただければと思います。
そのうえで、DTCOのこうした取り組みをみて、シャマン・ラポガンさんは「民族自治」との互恵・協働関係を見出し、プロジェクトへの支持を表明したということのようです。
DTCOの技術提供を基にプロジェクトを進める「蘭恩文教基金會」の代表であるマラオス(瑪拉歐斯)さんによれば、2018年5月の時点で観光パスポートの申請者は約1,000人に及び、2018年下半期中には推進組織を結成して、住民にデジタル民族IDの申請を促していく予定だということです。
DTCOの李亞鑫さんはこうした計画について、以下のように述べています。
原住民的歷史記憶裡,通常接觸新東西就是被欺壓的開始,這中間還要很久的時間去累積他們的信任。
(先住民の歴史記憶では、新たなものに接触するということは、抑圧を受けることのはじまりであることが普通だった。こうしたなかにおいて、長い時間をかけて彼らの信用を積み上げていかなければならない)
核廃棄物の問題に象徴的に示されていますが、歴史的に台湾に住む先住民の人々は、常に「新たな技術」が外から導入されることによって、さまざまな「不利益」を受けてきました。
ただ、そうした状況が繰り返されるなかで、先住民の人々はただ昔からの伝統を墨守してきたわけではなく、かといって自らの伝統を投げ捨ててしまうわけでもなく、その「狭間」での選択を自らおこなっていく方法を模索してきたといえます。
蘭嶼でのブロックチェーンを基盤としたプロジェクトは、蘭嶼のタオ族の人々が置かれたこうした歴史的・社会的状況と合致することで展開されていることがわかります。
「ブロックチェーンを使って何をするか・何ができるか」ということは、同時に「どのような問題を解決するためにブロックチェーンが有効であるか」ということをともなって考えられる必要がある…ということを、こうした事例から感じ取ることができます。
ブロックチェーンの技術やサービスが開発され、それが導入されていく社会的背景はどのようなものなのか…
そうした点にも注目しながら、さまざまな情報を追いかけていきたいと思います!
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