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ばぁさんの思い出

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  • クロサワ
  • 2022/08/11 15:09
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2022真夏の怪談フェス用ですが恐怖要素少なめのちょっとしたスピリチュアル体験です。

よろしければ箸休めにでも。

実体験を元にしてますが、身内にバレると恥ずかしいので、少しずつぼかしたりズラしたりしながら書いてます。

ので、全部フィクションということで。

 

 

2021年8月13日

「祖母」が死にました。

 

以降「祖母」については「ばぁさん」と表記することをお許し願います。

口の悪い田舎のハナシなので、侮蔑の意味ではなく心からの愛を込めてそう呼んでいたことをお含みおきください。

 

歌って踊ってよく喋る、せっかちで口の悪いばぁさんでした。

 

小さい頃、私の家族はいわゆる転勤族というやつで、数年程度のスパンで日本中いろんなところを飛び回っていました。

どこに引っ越してもばぁさんはちょくちょく遊びにきてくれたのですが、

せっかちなので自分が満足したら、こちらが「せっかく来たのに」と思うようなタイミングですぐに帰ってしまいます。

 

学校が長期休みの間や父が事故をしたときなどは、逆に私が丸々数ヶ月間祖母の家にあずけられるようなことがしばしばありました。

親と離れて暮らすことが寂しかったというようなおぼえはなく、むしろいつもすぐに帰ってしまうせっかちなばぁさんとたくさん過ごせて嬉しかったという思い出しかありません。

 

東京からだと電車で約2時間。

そこから車で2時間弱。

東京の人どころか、ちょっとした田舎の人ですら想像がつかないであろうレベルのど田舎。

信号一つない、いわゆる限界集落です。

 

 

どのくらいの田舎かというとーーーー

 

 

適当な竹竿に糸と針をくくりつけただけの簡単な釣竿一本を持ってばぁさんの家を出ると、

「たくさん釣ってうちにも持ってこいやな」と向かいの家でお茶飲みしているばばぁどもに声をかけられる。

「マグロ釣ってくるから楽しみにしてな」と振り抜きもせずに答えてそのまま家の裏の沢を少しくだって川へ。

エサは現地調達。

適当に川辺の石を素早くひっくり返すとカワムシという連中があたふたしているのでそれを使います。

カワムシを針に刺したら川に入り、竿を川に浮かべて、半ばそのまま流してしまうくらいの柔らかさで軽く竿を握っておく。

むしろ流れていく竿に手を添えるくらいのイメージ。

流れていく竿を追いかけるかっこうで川下にむかってゆっくり歩く。

竿が流れていく方が早いので、添えた手が伸び切ったところでクイッと後に引いてまた流す。

 

すーーーくいっ

すーーーくいっ

すーーーくいっ

 

これを「ずっこん釣り」と教わりましたが、さっきGoogleで調べても出てきませんでした。

今ではさすがにどうかわかりませんが、当時はそんな適当な調子で簡単に魚が釣れました。

エサがエサなのでアユやヤマメのような立派な魚ではなく、大きくとも十数センチメートルほどの小さな魚です。

名前は知りませんが「ザコ」と呼んでいました。

 

何匹か釣ったら帰ってばぁさんに唐揚げにしてもらう。

 

釣れないまま飽きて帰る時は、向かいのばばぁどもから

「竿しか持ってねぇじゃねぇか」と馬鹿にされるのですが、そんな時は無視して家の縁の下に竿を片付け、隣の畑に無造作になっている野菜をいくつかむしってから家に入る。

ひとしきりばぁさんにも馬鹿にされた後、野菜を天ぷらにしてもらう。

 

そんな田舎。

 

 

意外とヒマはしませんでした。

「あそこんちに芋をもらったからきゅうりを届けてこい」とか、

「そろそろ山のあそこに行ってフキを摘んでこないとこわく(かたく)なっちまう」

みたいなイベントがなんだかんだ毎日ありましたし、

ばぁさんはすごく好奇心旺盛で、あそこにサーカスが来たらしいとか、あそこにはこんな施設ができたらしいという話を聞くとすぐに自分が行きたがって、私も連れて行ってくれました。

話に聞いたからには自分の目で見てみないと気が済まないようで、たとえ車で数時間かかるような場所でもかまわずに行きました。

もっとも、そのくらい離れないと山しかないのですが。

 

わざわざ時間をかけて行っても、ばぁさんはせっかちなので例によって「せっかく来たのに」と思うようなタイミングですぐに帰りました。

私は何より道中が楽しかったのでそれでも不満はありませんでした。

どこで仕入れてくるのか、ばぁさんはたくさんの小話をしてくれましたし、歌も色々教えてくれました。

歌は大抵の場合下品な替え歌で、

例えば、動物園に行ってヤギが排便しているのを見た時に教えてくれた歌は、

 

 

ぽっぽっぽ〜

ヤギぽっぽ〜

まぁめがほしいかそらやるぞ〜

みんなの好〜きな甘納豆〜

 

 

これはヤギのケツからポポポと音を立てて出てくるうんこがさながら甘納....

実に下品なばぁさんですね。

 

 

ガンが発覚した時点で全身に転移しており、手術や治療で助かる見込みもなかったので入院はせずに自宅のベットで最後の時を過ごしました。

 

その間、週末にはできるだけ会いに行きました。

 

じぃさんはそれなりにボケていて足も悪いため、私の母が住み込みで面倒を看ていました。

そのサポートに2人の叔母も入れ替わりで通っていたので、親子水入らずの時間をたくさん過ごせたようです。

 

限界集落というのは、意外にも一人一人に対する福祉の手は都会よりもかえって手厚く、医療費等に関するサポートを受けるのに必要な手続きなどは役場に行けば母の同級生がみんな教えてくれましたし、診療所の先生は毎日のように通ってくれていました。

 

そんなふうになってからはじめて会いに行った時、

痛かっただろうに、正気を保っていたいからと薬をなるべく飲まずに過ごしていたようで、少しなら自分の足で歩けましたし、まともに口をきくこともできました。

 

まだメシだって自分で食えるし、トイレだって自分で行ける。

お前こそメソメソするな。

お前は昔から本当に泣き虫だから心配だ。

 

などと強がっていましたが、長時間起きているのはやはりつらいらしく、しばらく会話していると次第に痛そうにしだすので、足をさすってやると寝る。

しばらくして起きたらまた少し話して、寝かせる。

そんな具合でしたが起きている間はあまりにも自然ないつものばぁさんだったので、寂しかったり悲しかったりしませんでした。

 

わたしもばぁさんのベットの横でうとうとしていると、買い出しに行っていた母が帰ってきたのかとしか思わないほど、あまりにも自然に玄関からズカズカと近所のばばぁが入ってくる。

「なんだお前来てたのか」と私の存在は適当にあしらって、

「おい○○ちゃん!起きろ!遊びに来たぞ!」

と、寝ているばぁさんをゆすり起こした。

 

「おぅお前か」

「いつまでも病人みたいに寝てると死んじまうぞ」

「バカ言えピンピンしてるよ」

毎日何人かがこうやって声をかけにきてくれるらしい。

 

「勝手にズカズカ入って来やがって。チャイムくらい鳴らせよ」

「チャイムなんてねぇじゃねぇかよ」

わっはっは

 

そんな調子。

こういうのも限界集落ならではの福祉の手のひとつなのかなと思いました。

 

 

何度か会いに行くたびにばぁさんは目に見えて弱っていきました。

 

週末には私以外にも兄妹や従兄弟や叔父などの親族も皆できるだけ空いにきていたので、結構な人数になることが多かったです。

意識の朦朧としたばぁさんと少し触れ合ったら、横たわるばぁさんを尻目に酒盛り。

ばぁさんの見舞いに来ているのか、酒盛りしに来ているのか。

 

親族たちとゆっくり話す機会は久しぶりだったりするので、積もる話で盛り上がります。

うちは昔から、親族で集まって飲んでいるとどんな話題もいつの間にか笑い話になっているので、自然とみんな悩みをオープンに話します。

 

就職したばかりの従兄弟は、こんな先輩に悩んでいるだとか、

妹は、なかなか子宝にめぐまれないのでそろそろ妊活を考えているだとか。

 

そんな話がいつの間にか笑い話になっている。

その時は私も酔っ払っているのでなぜそんな話題が笑い話になるのかはよく覚えていません。

 

とにかく、今にもばぁさんが死にそうだとは思えないほどに盛り上がります。

ふと思い出したように、こんなに楽しい夜は本当ならいつも中心にばぁさんがいたのになぁとしんみりする瞬間もありますが、次の瞬間には祖母の死をネタにした不謹慎なブラックジョークでゲラゲラ笑う始末。

当のばぁさんも調子のいい時には一緒になって歌ったり、ベットの上から手だけで踊ったりもしてました。

 

一人また一人と酔いつぶれて、そこかしこでいびきを立て始めた頃、早々に床についていたじぃさんが起きてきて、まだ起きている何人かに向かってばぁさんとの馴れ初めをメソメソしながら語りだしました。

ばぁさんは口が悪く、昔から四六時中面と向かってじぃさんに悪口を言い続けていたので、二人の仲については幼い頃はよく理解できていませんでしたが、よく考えてみると四六時中一緒に居たわけで、二人の間ではじゃれ合っているつもりだったのでしょう。

少しだけしんみりして寝落ち。

 

 

わざわざ口に出して確認し合ってはいませんが、せっかくばぁさんと家で過ごすことになった最後の時間を、なるべくいつも通りに、明るく下品に馬鹿らしく過ごそうと、親族も近所のじじばばも、皆が思っていました。

 

書いていて気づきましたが、

あのばぁさんが弱っているという事実を最後まで受け止められていなかっただけのような気もします。

 

 

 

 

そして、東京で仕事をしている時に、母から訃報の電話。

 

余命3ヶ月の宣告を受けてから約半年。

せっかちなばぁさんにしてはよくこらえてくれました。

 

どういう気分でいればいいか全くわからないまま仕事の引き継ぎを済ませました。

前々からわかっていたことなので、それほど手間取りませんでした。

 

 

葬儀前日に田舎に向かい、仏壇の前に横たわるばぁさんを見て、その意味がわからずにしばらくとなりで眺めていました。

 

ばぁさんは額に大きなコブがあったのですが、そのコブについては本人曰く、

「オレの頭にはたっぷり脳みそが詰まっているからオレは本来うんとかしこいんだ。でもあんまりたっぷり詰まっているもんだからある時ここに飛び出てきてしまった。だからオレは馬鹿なんだ。わっはっは」

 

しばらくぼーっとばぁさんのコブのあたりを眺めていると、

近所のじじばばだったか、親族の誰かだったかが、

「このコブをピッと押せば生き返るんじゃねぇか?」と相変わらず不謹慎な冗談を言っているのが聞こえてきたので、笑いながらコブを押してみましたが、ばぁさんは生き返らない。

次の瞬間滝のように涙が出てきました。

声を出して泣いたのなんて20年ぶりくらいでした。

 

 

私が長男初孫であったことや、幼少期に一緒に過ごした時間が長かったせいか、

私がいくらオッサンになって小汚いヒゲなど生やしていても、ばぁさんの白内障の目にはいつまでも幼かった頃のままの私が写っていたらしく

「お前は泣き虫だからなぁ」といつまでも言われていました。

 

 

なので、葬儀では泣かないことに決めました。

 

故人に安心して旅立ってもらうために、涙をこらえながらも皆が折り目正しく粛々と儀式をこなすのが美しい葬儀だと思ったからです。

その中でどうしてもこぼれてしまう静かな涙があれば、それこそがばぁさんへの美しい花向けになるのだと。

 

 

実際は親族も近所のじじばばも、一同全くもっておとなげのない有様でした。

 

「これ誰の葬式?そういえばばぁさんはどこ?」などととぼけてみたり、

香典がまとまって入った袋を担いで遠くまで走って泥棒ごっこしてみたりと、場違いで不謹慎な悪ふざけではしゃいでみたと思えば、

「起きろよぉぉぉお」とか、

「まだひ孫の顔を見せれてないのにぃい!」

などと、そういうのは内輪で済ませておけ思うようなテンションで、一切のつつしみもなくわんわん泣き喚いてみたり。

 

とにかく皆、旅立つばぁさんを安心させてやろうみたいな配慮やスマートさは全くなく、それぞれが自分の気持ちを紛らわしたり発散させるので精一杯でした。

出棺の際などは斎場の人に早く霊柩車にばぁさんを乗せるよう促されても「嫌だ」と言ってちょっとだけ抵抗してしまったくらいです。

 

全くもって美しさはなく、よその人が見たらみっともない有様だったかもしれませんが、

結果的にばぁさんの葬式はあれでよかったように思います。

ばぁさんも一緒になってふざけてたくれていたと信じています。

 

 

 

その晩は、骨になったばぁさんを机の真ん中に置いて、親族や村のじじばばと飲み明かしました。

それはもう下品に不謹慎にはしゃぎ倒しました。

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親族A

なんと言われようといいんです。ウチはこれで。

 

 

 

 

 

 

その約2週間後、子宝に恵まれずに悩んでいた私の妹が身籠りました。

 

まだ49日すら済んでいないわけですが、親族の間では

「せっかちなばぁさんのことだから、そういうことだろう」

 

ということになりました。

 

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