共感を得られない気の毒な「浮きこぼれ」の子たち
私の塾には成績優秀な子が多い。彼ら、彼女らを見ていると気の毒に思うことが多い。ちょっと思い出してほしいのですが、中学生や高校生の頃に解けない数学の問題があったらどうしてました?
「そんなの友達に聞けばいいじゃん!」
と言う方が多いと思うんですよね。でも、私の指導させてもらっている生徒の子たちには、それ使えない方法なんですよ。なぜなら、学年トップだから。
1学年100人くらいの中学校で学年1番か2番の子が四日市高校に合格できる地区なんですけど、自分より成績が上の子がいないということは質問できる相手がいないってことなんです。
「じゃ、先生に尋ねればいい」
と言われそう。でも、それも簡単ではないんです。なぜなら、ここ三重県は左翼の先生が多くて
「特定の生徒ばかり教えるとヒイキと言われるし、不公平と言われる」
という姿勢の先生が多いんです。
実際、こんなこと書いている私に共感してもらえる人はほとんどいないでしょう?100人のうち1番というと1%の子の話。99%の子には共感してもらえないし、
「なにをえらっそうに!!」
と反発されるのがオチ。
でも、四日市高校に進学するとその1%の子レベルの子ばかり。その中で、さらに上位の1割に入らないと東大、京大、阪大、名大などの旧帝に合格できない。三重県のような地方だと、そんな生徒の指導をできる予備校や塾なんてありません。だから、Z会のよな通信添削を利用する子が多かった。今はネットがあるけど。
落ちこぼれの子は騒いだり徘徊したりして目立つので先生たちも対応に一生懸命です。でも、賢い子は騒がないから放置されてしまう。生徒からも先生からも放置されるし、相談しようと思っても同レベルの子がいないから共感もしてもらえない。
唯一の解決法は、アメリカの学校のように授業後は出来るだけ早く“解放”してやること。
中間層を相手にした授業、強制の部活、レベルの合わない問題集による宿題。こういうものから解放してやって自由な時間を与えてやる。そうすれば、自分の使いたいように時間を使える。内職する必要もなくなる。
ところが、日本の学校は意味不明の「ブラック校則」「ブラック部活」で生徒をがんじがらめにする。教師に訴えても、教師自体がBランク、Cランク大学卒の方が多くて旧帝をめざすような勉強をした経験がなく訴えの意味が理解できない。絶望するしかない。
私が塾生の子から聞いている訴えは以上のようなもの。今日も、日本のどこかで以下のような会話が行われていることだろう(「ガリレオ」の湯川先生と内海刑事の会話)。
湯川「君は‥何か腹を立てているのか?」
内海「わかります?」
湯川「まさか僕に?」
内海「科学者って人の気持ちについては深く考えないんだなぁ。」
湯川「当たり前だよ。感情は論理的ではない。論理的ではないモノにまともに取り合うのは時間の無駄だ。
‥わからないか?例えば君が‥犬のうんちだとしよう。」
内海「はっ!?」
湯川「うんちだから臭くてたまらない。なのにそれを目の前にしてなぜ臭いかを考え続けるやつがいるか?
処理するか、その場から逃げ出すか、とにかく犬のうんちにまともに取り合うのは時間の無駄だ。」
内海「‥つまり、私は犬のうんち?」
湯川「そうだ。何度もいわせるな。」
内海「このどす黒い感情はどうしたらいいの?」
湯川「感情に興味はない。今日のテーマは突然頭が燃えたことを別のアプローチから考えてみようということだ。」
内海「んぅむかつく!」
湯川「つまりそれは‥自然発生的なものか、それとも、人工的なものなのか。」
内海「はっ?」
湯川「わかりやすくいえば、事故なのか、事件なのか‥。」
内海「私は事件だと思います。」
湯川「なぜ?」
内海「‥刑事の勘。」
湯川「実に非論理的だ。」
内海「‥犬のうんちですか?」
湯川「うんちだね。」
内海「うんち?」
湯川「あぁ、うんちだ。」
内海「あなたを逮捕したい。」
湯川「ほらまたウンチが出た。」