埼玉県熊谷市に鎮座する、式内社の髙城神社を参拝してきました。
境内入り口
鎮座地の南側の国道17号(中山道)から一の鳥居、二の鳥居と参道が続いていたようなのですが、境内の中に駐車しちゃいました^^:
東西からも鳥居があって境内に入れます。
境内に入ると直ぐに立派な常夜灯がありました。青銅製で、高さは2.75m。
熊谷市の有形文化財に指定されている常夜燈で、天保十二年(1841)藍染業者によって奉納されました。
江戸時代の後期、武州紺と呼ばれる綿織物が生産され、羽生を中心とする北埼玉一帯で盛んに取引されていました。燈の台座には江戸や高崎、京都の業者を含む150もの藍染業者の名前が刻まれていて、当神社が厚い崇敬を受けていた事実を今に伝えています。神社hpより。
渋沢栄一さんの実家の名前も載っているのかな?
装飾彫刻が美しい手水舎
御神木
樹齢800年ともいわれる巨大なケヤキ。近年洞(ウロ)が広がり、中から外の光がはっきりみえるようになった。境内には他にも樹齢600年程度のケヤキが数本あります。
亀さん
東日本大震災の復興祈願と第62回式年遷宮の奉祝事業として、平成26年に建てられた石像。昔神社の境内には池があり、たくさんの亀が自生していました。
拝殿脇の末社6社
伊奈利大神、鹿島香取大神、大国主大神、八幡大神、琴平大神、白山大神
瓦葺の屋根が良いですよね~。
拝殿
拝殿の造りが面白いです。扁額は、普通、拝殿前の賽銭入れの上の辺りに掲げていることが多いですが、拝殿から屋根が伸びていて、そこに掲げてありました。この空間は心地よかったですね~。
拝殿内部も見ることができました。こちらも美しいです。
拝殿東側
拝殿西側
本殿
高城神社(たかぎじんじゃ)は、埼玉県熊谷市宮町にある神社。延喜式神名帳に記載されている式内社であり、旧社格は県社。熊谷郷の総鎮守とされていた[2]。「日本一長いおみくじ」で知られる。
祭神:高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)高皇産霊尊は別名高木神(たかぎのかみ)と呼ばれ、生成力を神格化した神であるため万物をつくり出す神とされており、「えんむすび」「安産」の神として崇敬されている[3]。
『延喜式神名帳』に「大里郡一座 高城神社」と記載される古来からの神社。鎮座地とその周辺は荒川の扇状地内にあり、ここの湧水は諸病に効があるという記述が1670年(寛文10年)の『高城神社縁起』にあり、この湧水に対する信仰基盤は、古代から存在していたと思われる[3]。鎌倉時代初期、熊谷直実が崇敬していたが、1590年(天正18年)の豊臣秀吉の小田原征伐の際に焼失[4]。忍城の城主阿部忠秋・阿部正能親子によって、1671年(寛文11年)に社殿が再建された[3]。
高城神社 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年8月10日 (火) 09:51
祭神のタカミムスビは古事記の造化三神の一柱ですね。この辺りは荒川の扇状地で、熊谷での人々の生活は、野原の遺跡から発見されている石器から、今から約22,000年前の旧石器時代に始まったと考えられます。4世紀頃からは塩古墳群(狸塚支群)の前方後方墳など、有力者によって古墳がつくられはじめます。よって神社の成立以前の、かなり古い頃から祭祀が行われていたのかもしれません。
他に天神社、熊野社があります。
肉眼ではあまり分かりませんでしたが境内では紅葉も進んでいます。
社務所
残念ながらだいぶ老朽化しちゃってました。
とても清らかな空気・空間でした。気持ち良かったです。
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