暗号通貨が完全に普及して、P2Pで高速で匿名な取引が行われる世界においても、政府(その域内の最大武力保持勢力)は依然武力を用いて領域内の徴税可能な箇所から徴税を試みる。
匿名の決済が行われていたとしても、物理的所在に紐づく経済行為ならば徴税可能だ。直接税ならば固定資産税、間接税ならば消費税、付加価値税、贅沢税などは徴税しやすい。
固定資産税に関して、レオン・ワルラスの論を援用すると、民間の財として徴税するよりも国有化して利潤を上げたほうが経済厚生が高い。
参考: 木村先生のブログ
クリプト・マスアダプションの時代において、政府が発行する通貨の信任は崩壊しており、通貨発行益は期待できない。特に、ジェームズ・ブキャナンの「赤字の民主主義(Democracy of Deficit)」を援用するならば、通貨発行(赤字国債)は不可能にしておき、官僚機構が肥大化するエンジンを潰しておくことが持続性の観点から欠かせない。さらに加えて、前述のワルラスの議論に従えば、政府の歳入は必ずしも所得税や消費税によって賄われる必要もないと言える。所得税も消費税も通貨発行益も必要とせずに、軍事と治安と法体系を維持できるというわけだが、以下に理由を説明する。
上記設定に従うと、政府には国有化した土地の地代しか歳入がない。国家を構成する要素は「政府↔地代↔軍備」というシンプルなトリニティだけを記述するだけで済むこととなる。それ以上の複雑性はノージック的に言うなれば「余分なこと」である。暗号通貨が普及したあとは、市場原理を最大限に活かし、暴走や市場の失敗を封じる弁をつけるだけのシンプルな国家しか存在できなくなる。
上記の最小国家構成を便宜的に「ワルラス=ノージック国」と名付ける。
通常、ジェームス・ブキャナンによると、官僚機構は行政を肥大化させる力学にあり、赤字国債の発行と増税による行政のポストの増加が非常に魅力的なオプションだった。そして天下り先が増えることが官僚個人の出世レースにおけるインセンティブに必須なのであった。しかし、ワルラス=ノージック国において許された官僚機構肥大化の手段は地価の最大化あるのみである。
地価を最大化するためには、域内の暗号通貨を基盤とした経済を発展させるほかない。治安維持により安心して経済活動を行える環境を作ることも重要な仕事だ。市場を拡大するための計量法などの公共財ももちろん必要になる。そこでは、こんにちの先進国の法体系と何ら変わりないものが必要とされるだろう。
唯一のコストファクタである軍事と警察もAI化されていき、安価になっていく。
あるエリアの軍事費より地代が大きく高い場合、各エリアはさらなる独立を試みるかもしれないが、The DAOのフォークのように共通規格を保って独自の特色(武力・治安維持能力・市場拡大能力・自然観光資源・歴史文化的資源)を発展させていくだろう。また、合併もあり得る。
社会保障が(ピグー補助金等の施策を除いて)ないので、その点で国民を管理する理由が少ない。あまねく領域内の人々に(減るものでもないので)安全保障を与え、地価を向上してもらうのが、このモデルにおける国家と国民の社会契約だからだ。
つまり、国民を定義する必要がなく、人の入出の流速や経済規模、あるいはまさしく地価しか意味をなさない。いわゆる「外国人」は、シェンゲン協定区域内のように自由に出入り出来る。
一応、地代の再投資の意思決定機構は民主制なので、投票権者を誰にするかという意味で国民を定義しなくてはならないが、Futarchy型の政治制度にすると一人一票にする必要がないため、世界中が投票権者となる。民主的かと言われれば疑問符はあるが、程度問題であり、現状の民主制も組織票など横行しているので、それよりはマシだと考えている。
AI軍とAI警察が治安維持を一手に担当する。この地域で生活する人々は自己防衛的にプライバシーを高める必要がある。
この国の領域内で生まれた人間は便宜的にIDを採番され、国際的なインターフェースに合わせるだけの目的でパスポートも適宜発行される。
地代の集金と売買はスマートコントラクトとしてHarberger Taxと近いものを利用できる。
土地の最高落札者が自ら宣言した地価について、地価に比例したrent feeを税として毎月納めるコントラクトになる。
地代が収められなかった土地へは法の手続きに従い警察が出動する。
国の分離時は地代が別のコントラクトに収められることになるため、政治的な判断に委ねられる。
区画整理を扱える柔軟性が必要である。(e.g. 国は土地を買える)
初期の土地買取時に「その土地の将来の地代を分配する証券トークン」を提供できる機構があるとよい。
政府歳入はオンチェーンで閲覧可能であり、その使途は何らかの民主性の高い方法(投票, Futarchy, etc.)で決定されなければ使用できない。
地価もオンチェーンで閲覧可能であり、その増減で政治家と官僚機構を定量評価できる。
論点を整理するために3点補足をしておく。
1. 官僚機構の運用に関する仔細は無視して良い。なぜなら、このモデルでは地価をターゲットに地代の収益範囲内で行政が市場原理的に最適化されていくからだ。(※土地バブルを恣意的に狙いに行かないような指標設定がもちろん重要)
2. 「暗号通貨が普及しすぎると、無秩序で金儲けがすべてのの世の中になり世界はめちゃくちゃになる」という批判や懸念がなされたとき、それは財政学的な観点からシンプルに誤りだと主張することが重要である。
3. ワルラスの土地国有化は、あくまで議論の構造を可能な限りシンプルにするためのギミックであって、各種租税を用いても構わない。ここで重要なのは、暗号通貨が普及しても領土・国民・政府・徴税・公共財・軍事などの国のエッセンスは明らかに残ること、そして既存の国家が滅ぶことはないということだ。
暗号通貨が社会に仇なす存在ではなく、社会の持続性に寄与できる存在なのだという主張を一気通貫で論理立ててみたが、やはり細部に曖昧さが残る。この文章をたたき台にして、学術的にも実務的にもさらなる補強がされていくことを望んでいる。
暗号通貨というイノベーションを追い風にして高齢化や民主主義のジレンマ構造を解消する国家はこれから強くなる。安全保障や治安の問題にも説明がつくならば、それは今のどの国よりも持続性に優れた倫理的な国である。今のままの社会を続けることこそが非倫理的で愚蒙であり、許されるべきことではない。
しかし彼らを責めすぎるのはよくない。なぜなら、彼らは彼ら自身を縛る仕組みをもはや自ら変えることができないステージにきてしまっているからだ。我々は、トロッコのレバーを自らの意思で倒しながらも、誰がトロッコのレバーを倒したのかわからないような技術を育んで、より持続的な社会で暮らそうではないか。
暗号通貨は国家を破壊しないし、ユートピアはそこにある。
P.S.
より厳密に通貨発行益がゼロになるシナリオについて考えると、以下が参考になる。個人的にはドルペッグ採用国が増え、ドルは残るイメ一ジ。
つまり、租税貨幣論を援用すると、Velocityの早いFIATは残り続けるであろうことが予想される。せいぜい「地代支払い用トークン」として渋々購入されるだけであろうし、通貨発行益は極めて小さいものになりうる。願わくば、「地代支払い用トークン」などという極めて使い勝手の悪い代物を国民に強制するようなセンスのない国は淘汰されてほしい。もしかすると、この世界では米国のドルは依然使用され、Velocityがもっとも出る通貨なのかもしれない。そして他のFIATは消滅する。
また、この話に限ったことではないが、AI兵器が加速度的に高度化するシナリオについても考えたい。
アニーリング・デモクラシー
クリプト・マスアダプション後にも法はある