UK Jurisdiction Taskforce(UKJT)によって「世界との契約」という法哲学的ジャンルが書面に落とされた。
UKJTは英国の外郭団体であるLawTech Delivery Panel(LTDP)を構成する「技術に関わる法律を扱う6つのタスクフォース」のうちのひとつで、Digital Transformation(DX)文脈での法解釈を公表する公的機関だ。
P.S. この書面は後に「Contracts: Cases and Doctrine (2021, Randy E. Barnett and Nathan B. Oman)」として書籍化された。
ここで、「電子署名契約(Alice-to-Bob contract/A2B契約)」と「世界との契約(Alice-to-World contract/A2W契約)」という分類を提案する。
前者は相対の契約であり、必ず自然人または法人から構成される契約相手が存在する。つまりは2者以上有限個の主体しか扱えない。例えば、現実世界の貸金は個人間であったり個人対法人であったり「相手」がいる。また、取引所においても板方式であれOTCであれ相手がいる。
後者は相手が不定の契約であり、強いて言うなればスマートコントラクト(世界)が相手となる。ここで注意されたいのは、プライベートチェーンやPermissionedチェーンはスマートコントラクトの運営者を法的に定義できてしまうので「世界」になりえないことは前回のとおりだ。この例としては、Compound FinanceのSupply/Borrow処理の相手方となるLiquidity Poolや、UniswapやBancorのトレードの相手方となるLiquidity Poolなどが存在する。
前者のAtoB契約はBitcoinやPlasmaやHyperledgerやCordaでも扱える。したがってAtoB契約は絶対的なプログラマブル権利の所有を示すのに利便性がある。不動産登記のような第三者対抗要件に頼らずとも明示的に所有を示せるイノベーションである。
忘れてはならない真のイノベーションは後者のA2W契約だ。これは世界の形を変えるレベルのイノベーションだ。これを理解するには少し頭の体操が必要かもしれない。
まず、A2W契約はBitcoinやPlasmaやHyperledgerでは扱えない。その根拠として、前回議論したように、Legal Representativeが定義できない「世界との契約」を構成するためには、アセットのOwnershipが明示的ではいけないし、スマートコントラクトが実行されるチェーンを構成するノードが実名であったり有限であってはいけないからだ。お分かりだろうか?
そして、なぜA2W契約がイノベーションなのか?それは文字通り世界のあり方が変わるからだ。DeFiやノンカストディアルやサイファーパンクなどという陳腐な話はしていない。
世界とはウェストファリア条約以降、国で構成されており、土地と武力がある限りこれは普遍である。そして国は法で定義されている。その法が世界と契約できることを見落としていたのだ。この見落としは天動説から地動説の大転換よりも業が深い。
強調せねばならないのは、よりよい国家概念や国際秩序をA2W契約で定義できうる思考実験の余地に価値があるということだ。国を定義する法の改善により、よりよい統治の方法が見つかったなら、些末な議論は過去のものとなり、世界の法学書に「世界との契約」という項目が正式に記されるのみだ。
これは「ネオ・ウェストファリア条約」なのだ。それを30年戦争なしに無血で起こせる可能性があるのが我々の魂を震わせるのだ。
なぜ国とスマートコントラクトを組み合わせるというアイデアが我々の魂を震わせるのか、なぜ危険を知りながらも一線を侵すようなチャレンジを繰り返し天才たちは散っていくのか、少しでもこの熱が伝われば嬉しい。
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P.S
UKJTの資料を共有してくださった @indiv_0110 さん、ありがとうございます。これまでも皆感覚で理解していたことでしたが、不要なナラティブを削除して法学用語で説明できるようになることの貢献は大きいです。さらなる応用が必ずや見つかることでしょう。
グリゴリの捕縛を紹介してくださった @AkioHoshi さん、ありがとうございます。憲法(基本法)の原理と技術革新の間の関係性がよくわかりました。国家に「世界との契約」がなじむまでの道筋をイメージするのに役立ちました。
どんな豪速球の壁打ちも可能にしてくれる @iibbee__ さん、このアイデアを実社会適用する悪巧みまでお付き合いください。