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寅さんの生死、あるいは寅さん・満男の恋愛に見られる謎の臆病さについて【ネタばれ注意】

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  • ALISはお金ではない
  • 2020/01/15 11:28
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 男はつらいよの新作を映画館で視聴。

 満男の初恋の人との再会と絡めて、寅さんにまつわる様々な記憶が想起されていく物語。

 黄昏時の路上の場面ですすり泣く人多し。何とも言えない居たたまれなさがある。

 寅さんの生死が不明なまま物語が進行していくのがこの映画の特色だ。

 私は、寅さんは既に死んでいる、と判断した。

 根拠はあるが、人によって判断は異なるのではないかと推測する。

 生きていて欲しいという期待はあって当然である。それだけ寅さんは魅力的な人物であった。私もどちらかといえば、寅さんは生きていて欲しいと、期待する人だ。

 そういう私にとっては、桑田さんによる歌は、ないほうが良いものであった。寅さんが歌うべき歌を、桑田さんという別人が歌うことで、寅さんはもういないということが、示されてしまっている。これではまるで、寅さんを追悼しているかのようだ。

 というよりも、寅さんの生死に関係なく、桑田さんの登場は違和感ありまくりであった。物語の始めにいきなり出てくるので、「なんであなたが出てくるの?」という疑問が尽きない。途中から、寅さんの歌声も流れてくるのだが、その声に桑田さんの声がかぶるので、非常に迷惑であった。「あんた一体何しに来たの?」という怒りがわく。

 寅さんは死んでいると私が判断した根拠は、物語の最後の場面で、満男が大量に涙することと、その満男が「おかえり、寅さん」というタイトルの小説を書き出すことだ。また、例の、黄昏時の路上の場面で、「おじさんだったらそうするよ」というようなセリフを満男が口にすることも、寅さんがもういないことを示す証拠だ。まだ生きている人のことを、上記のような形でわざわざ言及することはないと私は考える(時折、満男の周辺に寅さんの幻影がふっと現れる。この演出からも、寅さんの死を察知せずにおれない。ぼおっと現れてしばらくしてふっと消えるので、寅さんの幽霊が現れているように見えてしまう)。

 それにしても、若かりし頃のリリーさんが、私の初恋の人に似ていて驚いた。色々思い出してしまって、心の中でうぇ~ん、である。

 初恋の人との再会を夢想する人は多いのではないだろうか。満男はこの夢を実現させた幸運な人間だ。この願望を、めざとくくすぐるような、憎い映画であった。愛すべきおじさんの思い出とともに。

 しかしそれにしても満男は、余計な気遣いをさせたくないからという理由で、自分が独身であることを泉に隠していたが、泉との再会当初から独身であることを泉に明かしておけば、もっと泉との距離を縮めることができたのではないか。

 これをせずに、泉との束の間の再会だけを楽しむところに、私は歯がゆさを感じた。寅さんゆずりの奥ゆかしさ、と言えば聞こえは良いが、意気地なしとも言えまいか。

 寅さんにせよ、満男にせよ、女性に対して自分の想いを明確に伝えない傾向がある。好きなのか否か、肝心なところで、はっきりと伝えない傾向がある。これは、自分に対する自信のなさや、相手の人生に責任を持つことへの恐れが影響しているのであろうか。寅さんは、社交的で強気の人であるが、歌の中ではっきりと「どうせおいらはやくざな兄貴」や「俺がいたんじゃお嫁に行けぬわかっちゃいるんだ妹よ」や「いつかお前の喜ぶような偉い兄貴になりたくて」と歌っている。謙遜というよりも、自分を卑下し、いじけている側面がある。誰かと一緒に生きていく約束をしてそれを守っていくという覚悟が持てない。

 この傾向は、リリーさんが見事に見破っていた。満男もよく分かっていた。しかし、こんな意気地なしだからこそ好きなのよということを、リリーさんは口にしていた。そうだろうかと私は考え込む。曖昧で優柔不断で煮え切らない男だからこそ寅さんは、とっかえひっかえ様々な女性と親しくなることを繰り返し(そうでないと映画が続かないという映画製作側の事情はさておき)、ずっと独身のままでいたのではないのか。しかし、もしかしたら、曖昧で優柔不断で煮え切らない男であり、肝心なところで関係を有耶無耶にするから、女性たちも「あ。この人はここまでの関係しか望んでいないのだ。親しくしているけど、だからといって一生添い遂げる結婚相手として付き合うという責任は私に生じないのだ」と安心して寅さんを慕うことができたとも考えられる。同じ理由で満男も、成田空港で泉と別れるときに、泉と熱い抱擁と接吻をすることができたのかもしれない。

 うーん。ここまで書いてきて、何が望ましい態度なのか、だんだん分からなくなってきた。恋愛して結婚して所帯を持ち、年を取っていがみ合うこともあるさくらとひろしと比べると、寅さんや満男の「女性との距離のある関係」のほうが、美しく思えなくもない。空気のような当たり前のようにそばにいる存在とみなすのではなく、手の届かない大切な存在として相手のことを終始想っている。

 結局、どうすればよいのだろうか。寅さんも満男もどうすればよかったのだろうか。

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自称小説家。窓から知念半島を眺めながら、いつも文章を書いています。ペイントで雑な絵も描きます。

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