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気になる映画:ケン・ローチ監督『家族を想うとき』─「労働は人間をダメにする」というフレーズ

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  • 2020/01/25 15:59
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まずは労働者を「個人事業主」にしたてたシステムを労働法に基づいた、労働者の生きる権利に立って変えていくことである。そのために働くものは尊厳ある労働の理念を自らのものとするよう学ぶこと

大勢の人がいるなかで大声で「一日14時聞、一週間6日、お宅で働かせておいてどこが自営なのよ」と胸のすくアビーのようなタンカからはじめること

よく「労働は人間を育てる」といわれるが、逆に「労働は人間をダメにする」こともあるのだ。それが個人事業主のシステムである。グローバル経済のもと、働くものはもの言えぬ奇怪な道具と化す。

この映画のリッキーは、本人がそれと知らずに「仕事だ、仕事だ」と必死になればなるほどダメにさせられていく。観客はそれをハラハラしながらみることになるが――それはあなたなのだ。ローチのすごいところは、このリッキーの救いのない現実を冷徹にみすえて描いてみせたところにある。

まだ見ていない映画であるが、「労働は人間をダメにする」というフレーズから私は、「学校は人間をダメにする」というフレーズを連想せずにおれない。

学校では、「労働できるようになること」を期待して、子どもに教育がなされている。働いてお金を稼いで生きていくこと。これを子どもが達成できるようになることを意図して、学校で教育は行われている(教育の目的に関して「平和的な国家及び社会の形成者」や「健康な国民」や「人格の完成」や「全人的な成長・発達」や「自立と社会参加」などの言葉が使われるが、要するに労働できる人間を学校では育てている)。

しかし、である。

学校では、「努力は素晴らしい」「働くことは善」「どんな内容のルールでも守れ」「教員などの目上の言うことに服従しろ」「協調性が大事であり他人と意見が合わない時に議論してはならない(目上とはなおさら議論などしてはならない)」などのメッセージが飛び交うばかりで、適切な働き方や健全な労働のあり方に関する情報が子どもに提供されることはほとんどない。

労働現場につきもののパワハラやいじめや長時間労働やサービス残業等の人権侵害行為や違法行為。学校の授業でこれらが話題になることは少ない(いじめは話題にされるが、いじめが教員間や労働現場にも存在することは話題にされない。教員による子どもに対するいじめ(パワハラや猥褻行為や体罰も含む)も話題にされない)。

ましてや、労働環境に問題があった場合の切り抜け方が学習対象にされることはない。たとえ話題にされることがあったとしても、そもそも、教員自体が、いじめやパワハラや長時間労働やサービス残業などがはびこるブラックな労働環境で働いており、そのことに気付いたとしても何も変えられないので、終わっているとしかいいようがない。労働や働くことは、しつこいぐらい重視されているものの、労働現場で生き抜く方法という最も重要な事柄については、教員は何も教えることができない。

キャリア教育が重視されているわりには誠に不思議な現象である。

今の時代、子どものほとんどは学校卒業後、ブラックな労働環境に身を置く。多くの子どもは(成人してから就労する人が大部分であるが)、自分が働く労働環境がブラックなのかどうかを判断できない。労働法制に照らして何が違法なのか知らない。何が人権侵害にあたるのか分からない。自分が所属する組織に疑問や違和を感じても何もできない。結果、ブラックな労働環境で消耗し、うつ病になったり、過労死したりすることになる。

このような労働現場での人間の状態は、学校における子どものそれと酷似している。学校で子どもは、学校で行われていること自体に疑問や違和を感じても何もできない。むしろ、何もしないことを教員から期待される。これと同じ状況が、労働現場でも確認できる。

つまり、ブラックな労働環境は、子どもが学校で学んだ価値観で構成されているといえる。極論すれば、学校で子どもが学ぶ価値観は、労働現場で子どもを死に導くものでしかない。

学校では、システムの不具合やエラーを検証し変革するという学びが、意図的か非意図的なのかはともかく、すっぽりと抜け落ちている。学校に行って勉強したり集団活動をするという自明性を批判的に検討し、問題があればこれを皆で相談して改善していくような問題解決学習がなされることはない。学校に行くことは前提であり、「なぜ学校に行かないといけないのか」という素朴な疑問が真剣に検討されることはない。せいぜい教員からは「学校で勉強すれば仕事の選択肢を広げられる」や「将来、色々な人と協力して働けるようになるため」というような返答しか得られない。これらの返答では、勉強や集団活動のメリットは語られているが、勉強や集団活動を学校でしなければならない理由は語られていない。将来の労働生活を見越して、勉強や集団活動が重視される割には、勉強や集団活動が可能な「学校以外の選択肢」が、授業において子どもに示されることはない。勉強や集団活動は学校でしか行えないもののように前提されている。

学校そのものを疑うことがタブー化され、システムの不具合やエラーを検証し変革するという学びが存在しない代わりに、学校で教員によって子どもに仕込まれるのは、「暗記と努力と服従」である。もちろん、これらだけではないが、学校生活で子どもが仕込まれるものの大部分はこれらである。

現在の学校は罪深い場所になっている。労働現場で必須の「労働法制や異議申し立ての仕方や交渉や議論に関する知識技能」を子どもに持たせないまま、子どもを社会に送り出し、ブラックな労働環境の餌食にさせている。まるで、武器を持たせずに戦場に兵士を放り出し、むざむざと戦死させているようなものだ。

学校教育と労働は地続きだ。キャリア教育という名のもとに、意図的計画的に学校で身に付けさせられた思考や行動様式は、学校卒業後に労働現場へ入っていく子どもを縛る。「システムやルールに疑問を抱くことなく他人と対立することもない協調性のある努力家であれ」と叩きこまれた子どもは、ブラックな労働環境に置かれた場合、まんまと食い物にされる。勤勉であればあるほど死に近づく。

だから、学校関係者は、労働についても熟知していなければならない。さもなくば、最悪の場合、子どもを労働現場で死に追いやることになる。子どもが将来、ブラックな労働環境に置かれても十分に闘って生きてゆけるような教育。これを学校関係者はするべきだ。キャリア教育を行うのであれば、そこまでして当然である。

命の大切さは道徳科で盛んに強調されるが、命の具体的な守り方はあまり強調されない。後者はもっと強調されてしかるべきだ。不審者侵入や災害発生時に備えて避難訓練をするように、将来の労働現場で必ず遭遇するであろうパワハラやいじめや長時間労働やサービズ残業などの労働関係の災難に対処するための訓練・シミュレーションも学校で行うべきだ(教員による子どもに対するいじめ(パワハラや猥褻行為や体罰を含む)に対処する訓練・シミュレーションも学校で行うべきだ。なぜなら実際に犠牲者が出ているからだ)。

学校で労働現場で生き抜く術を子どもに教えるには、学校教員自体が、労働法制のプロでなければらない。異議申し立てのプロでなければらない。交渉のプロでなければならない。おかしいことにはおかしいと声をあげ、自ら労働環境を変えていける「生きる力」を備えた人でなければならない。

管理職や指導主事に従順で(忖度ばかりで)、協調性ばかりで他人との対話や議論や交渉を避けて(協調性というよりも同調性でしかない)、前例を踏襲してばかりいる(自己保身最優先なだけ)学校教員は、子どもにとって有害だ。子どもに「暗記と努力と服従」だけを求め、異議申し立てを一切認めない教員は実質的に、ブラック企業経営者の共犯者である。

このように私は「労働は人間をダメにする」というフレーズから「学校は人間をダメにする」というフレーズを連想せずにおれない。

学校と労働現場は地続きであり、学校を変えなければ、労働現場はブラックなままだという確信がある。

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