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丸紅ルート

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  • starai
  • 2021/06/21 07:02

では、公判順序に従って、それぞれの疑惑内容をもう少し詳しく見てゆきたい。まずは丸紅ルートからになる。これは、田中角栄が被告となったルートで、その意味で最も注目を集めたものだと言ってよい。被告は、田中が受託収賄罪と外為法違反、その秘書である榎本敏夫が外為法違反、丸紅の檜山広、大久保利春、伊藤宏が贈賄罪、外為法違反、そして国会偽証罪というそれぞれの罪状で訴えられた。

丸紅は昭和33年8月よりロッキードと代理店契約を結んでいたとするが、大型ジェット機が本格的に開発されだしたのは昭和40年代になってからで、ロッキードはターボプロップにこだわっていたためにより高速大型機向けのターボファンエンジン搭載機の開発に少し遅れていた。しかも、同時期に似たような機体であるDC-10の開発に取り組んでいたマクドネル・ダグラスと真っ向から競合しており、エンジン開発負担と大口需要であったベトナム戦争の終結を受けて44年以降ロッキード社自体が経営不振に陥っていることが明かになった。そんなこともあって、ロッキードは、トライスターの受注に力を注いでおり、経営不振が明らかになる前の昭和43年5月頃に、前年にロッキードの社長に昇格したばかりのコーチャンが来日し、丸紅社長檜山と会談した。檜山は、そこでコーチャンに代理店を別の商社にすることをほのめかされ、慌てて大久保を担当とした上で同年10月にトライスターの代理店契約を結んだ。大久保は丸紅と合併した東通に務めており、昭和41年に丸紅の社員となったばかりで、このコーチャン来日によって6月に機械第一本部副本部長、翌44年6月には本部長に昇格している。冒頭陳述を読むとコーチャン来日時に既に取締役だったようにも読めるが、合併によって社員になって1年余り、副本部長になる前なのでおそらく部長段階で取締役というのは、大久保利通の孫であると言うことが功を奏したのか、あるいは現実的に考えれば単なる記憶違いで44年6月の本部長昇格時に取締役になったかどちらかであろう。成果が出る前に役付きにするということは、ロッキードとの関係性で箔付けとして役職が求められていたことを示唆する。ロッキード側がそれを依頼するとは思えず、それは国内向け、つまりこの段階ですでに政治家との関わりというのが大きな選択肢となっていたのだと考えられる。

そんなロッキードは、1971(昭和46)年経営破綻し、アメリカ政府支援を受けることになった。翌昭和47年7月に丸紅は日本国内でトライスターのデモフライトを行い、その直後に檜山は直接全日空の若狭社長と面談したが、手応えが得られなかったため、政治的働きかけを決意したという。そして、貿易不均衡是正のための手段として、トライスター導入を提案することとした。しかしながら、田中が総理に就任したのが同じ7月の5日であり、それをきっかけにして丸紅-ロッキード・ラインが動き出したと考えるべきで、ここから先は既定路線であったと考えるべきだろう。そのあたりの政治的背景はまた後ほど述べることとする。とにかく翌8月に献金の申し入れをし、9月1日にハワイで日米首脳会談、10月30日に全日空がトライスター採用を決定し、48年から49年にかけて5億円の分割支払いがなされた、という流れだった。

昭和47年8月23日の大久保とコーチャンの面談で伊藤が取締役であると説明がなされ、同じ時期に伊藤は榎本に対して自分が田中に対する窓口となり大久保常務がロッキード側の窓口となると説明したという。この意味するところも後から考えたいが、とにかくこの段階でまた役職のインフレとでも呼べることが起こっていることには注目したい。全日空のトライスター採用決定の前に大久保は常務に昇格、伊藤は40代半ばにして取締役となっているのだ。ちなみに売り込みの実働部隊で大久保の部下の松井直は伊藤とほぼ同年齢で副部長であった。そして昭和48年6月にカネの受け渡しの相談をし、コーチャンから連絡があった後、大久保はロッキード東京事務所長のクラッターに伊藤常務が金員授受に関係すると説明している。ちなみにこの間昭和47年には、丸紅が社名を丸紅飯田から丸紅に変えている。領収書に丸紅の名が出ていたかはわからないが、役員となれば社員ではないわけで、個人的な金のやりとりとなると、業務に関わる受託収賄の認定が難しくなるという事も見越しての、手慣れた現金授受であると言える。そしていざとなればできたてほやほやの丸紅を犠牲にすれば何とでもなる、という事もあったのだろう。いずれにせよ、ここまで手の込んだことをした丸紅ルートで田中を落とすというのは簡単なことではなかっただろう。結局一審有罪判決となるが、ここで大きなバッファーがあったので、ロッキード以外に波及することもなく、田中金脈自体温存され、その後長きに亘って闇将軍として君臨することになったのだと言える。

判決は、田中が一審東京地裁で昭和58年10月12日に懲役4年、追徴金5億円の有罪判決、控訴したが、昭和62年7月29日に控訴棄却、上告審の最中の平成5年12月16日の田中の死により公訴棄却(審理の打ち切り)となった。田中の秘書官の榎本敏夫は平成7年2月22日に最高裁判所で有罪判決が確定した。

丸紅檜山廣会長は平成7年に最高裁判所で実刑が確定したが、高齢のために刑の執行は停止され、檜山は収監されないまま平成12年に死去した。伊藤宏は第一審判決で懲役2年の実刑判決を受け、それを不服として控訴、昭和62年7月29日に控訴審判決で第一審判決が破棄され、あらためて懲役2年、執行猶予4年の判決が出たため、上告せず有罪が確定。大久保利春は、他の被告とは違い、公判でも検察側の主張をほぼ全面的に認めており、第一審判決で丸紅3被告の中で唯一の執行猶予付きの有罪判決が出たが、他の被告とあわせて控訴し、昭和62年7月29日に控訴棄却されるが、檜山にあわせて更に上告、平成3年12月16日の大久保の死により、公訴棄却となった。

 

 

参考文献

「戦後政治裁判史録5」 第一法規 田中二郎・佐藤功・野村二郎 編

「航空機疑獄の全容-田中角栄を裁く」 日本共産党中央委員会出版局

「ドキュメント ロッキード裁判」 現代司法研究記者グループ 学陽書房

「ロッキード疑獄」 春名幹男 株式会社KADOKAWA

Wikipedia ロッキード事件

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