私の住んでいるマンションの1階には、2匹の野良猫が住み着いています。
1匹はトラ猫で21才の「ねここ」。もう1匹は年齢不詳ですがねここよりは若い黒猫の「くろこ」です。私はそう呼んでいますが住人はみな、思い思いの名前で呼んでいるのです。
私が住み始めたのは14年前ですが、それ以前からねここはこのマンションの1階に住み着いていたそうで、住人の人にえさをもらい、とても可愛がられています。
ただ、早朝や昼しか出てこないため、住人の中でも知らない人も多いかも知れません。
2018年年末のある日、いつもは早朝にえさをねだりにくるねここがいないことに気づきました。
あくる日も、そしてまたあくる日もいません。
「ひょっとして年齢が年齢だし、死んでしまったのではないだろうか」
それまでも何回か具合が悪くなり、病院に連れて行ってもらったことはあるそうですが、基本が健康なのでそう簡単に死ぬとは思えませんでした。
とうとうお正月になりましたが、ねここは現れません。
「ああ、やっぱり本当に死んでしまったんだ・・・」
そう思いながらいつもねここを見かけた中庭を通っていると、このマンションのねこ管理の元締め的なおじさんをみかけました。
このおじさんはもちろんボランティアでねこにえさをやっているのですが、コンビニやスーパーで売っているような既成品ではなく、ちゃんと魚を焼いてそれをそぼろにしてタッパーに入れて持ってくるという、愛を感じられる餌なのでした。
私は恐る恐るそのおじさんにねここがいなくなったけど、知らないか?と尋ねました。
するとおじさんは、ちょっとバツが悪そうに
「ああ、あの子なら4階のおばあさんところにいるよ」と言うのです。
4階のおばあさんとは、住人のひとりで、大阪出身のディープな大阪弁のおばあさんです。同じ関西出身同士、何回かネイティブの大阪弁でしゃべったことがありましたので、全く知らない人じゃなくてラッキーだと思いました。
意を決して4階のおばあさんのところに行ってみました。正月も2日だからでしょうか?チャイムで出てきたのはおばあさんでなくて、見たことがないおばさんでした。
親戚の人でも来ているのかと思ったらなんと「猫ボランティア」の人が2人、おばあさんの家に来ていました。
なんでもこの地域の野良猫の世話をボランティアで10年もやっているのだそうです。それでこれから寒くなるので、元締めのおじさんに委託されて、一人暮らしで猫を買っても支障がないおばあさんの家にねここを預けに来ていたのでした。
見ると手作りのねここハウスが用意されており、餌や水、トイレまでが完備されていました。
野良で毎朝餌をせびってにゃあにゃあ泣くねここは、すっかりお上品な家猫になりきっていたのでした。私の顔を見ても表情ひとつ変えず、毎朝えさをやっている私のことなど、すっかり忘れたかのように猫をかぶっているように見えました。
1日に4.5回、ハウスから餌を食べに出てきて、トイレもちゃんと指定の場所でするそうです。
思えばねここがいなくなってわずか1週間ほどなのに、こんなにも適応性があっていいものなのでしょうか。
「きっと、ねここはもともと飼い猫だったんだ」
とっさにそう思いました。
「名前は【はなちゃん】です。はなちゃんがここにいることは他の人には黙っておいてくださいね。」ボランティアの人は言いました。はなちゃんとはおばあさんがかつて飼っていた犬の名前でした。
野良でいるより、寒い冬は室内にいたほうがいいに決まっている。それに21才の老猫なので、野良よりも家猫になったほうがいいに決まっている。
しかし私だけではなく、マンションの住人のみんなに可愛がられているねここを家猫にできる権利が誰にあるのでしょうか。
それからというもの、ねここに会いにおばあさんの家に行く日々がやってきました。フランクなおばあさんですが、手ぶらでというわけにもいかないので、ねここのえさやおやつ、おばあさんにも手土産を持っていきます。
一方で住人の人でねここのゆくえを知っている人はおらず、顔を合わすたびに「ねここがいない」と騒いでいました。
もし私が猫ボランティアの人との約束を破ってねここがおばあさんのところにいることを喋ってしまうと、何か面倒くさいことに巻き込まれそうな気がして、「きっと、誰かの家に入れてもらっているんだよ」などとしらばっくれています。
それにいろんな人におばあさんの家のことをしゃべってしまうと、いろいろな人が入れ替わりたちかわり、おばあさんのところに行きかねません。
本当はねここは無事なんだと言いたくて、喉元まで言葉が出かかっているのです。元締めのおじさんがバツが悪そうな顔をしたわけがなんだかわかった気がしました。でもよく私にしゃべってくれたと思います。
なぜ自分が嘘をつかなければならないのか、という不条理にさいなまれながら、私はまた次のねこことの面会日には何を持っていこうか、模索する日々を送っています。
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