他カテゴリ

おはなしものがたり(4)

川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • 2019/07/14 01:42
Content image

 

 ふたり目のおばあさんは、そこで、口を閉じました。足をくずして、また組みなおしました。こてんと首をかたむけ、だまっています。
「どうしたの、おばあさん」
 母親は、ひと膝のりだして、聞きました。
「ほ、ほ、ほ。忘れてしもうた」
「そんな。こんなところで終わっては、いけませんよ。まだ、はじまったばかりではありませんか」
「ほ、ほ、ほ。今日は、ここまで、また明日」
「また明日、おばあさんが来てくれるというのですか」
「いいや」
「じゃあ」
「まあ、落ち着きなされ。お話は、逃げないよ」
 ふたり目のおばあさんは、ひとり目のおばあさんが言ったことを繰り返すように、 
「わしのすぐあとから、わしの妹が、同じ道をたどって、旅をしておりますのじゃ。
 わしの妹は、わしにそっくりでの。わしと同じように、お話を売っておりますのじゃ。
 明日、今日と同じ時間にここを通りかかり、きっと、同じように、休ませてくれとおねがいするでしょう。
 そうしたら、妹は、同じように、お話をお聞かせして、休ませていただいたお礼をいたします。
 つづきを聞きなされ。
 妹は、わしの話したその先を、すらすらと語ってみせるでしょう」
 と、母親に言いました。
 母親は、
「きっとですね。きっと、お話のつづきが聞けるのですね」
 と念を押して、ふたり目のおばあさんを送りました。
「あなた、明日も、ですって」
 と、母親は、鬼のゆるしを得ておこうと思いましたが、
「明日も、来るのか」
 と、鬼のほうから先に、母親に声をかけました。
「ええ。おばあさん、そう言っていましたよ」
「そうか」
 母親は、今度は、それがあたりまえのような気がしたので、あまり変だとは思いませんでした。

「扇丸は、十歳になっておりました。
 母親の面影をうつして、若い娘と見まがうような、うつくしい少年となっていました。
 お城のものたちは、男でさえ、扇丸を遠目に見ただけで、はあ、とため息をつくほどであったといいます。
「十五、二十ともなれば、女はほうっておかんだろう」
「まちがいのないようにしなければ」
「女を近づけてはならん」
「いまから、気をつけておかねば」
「いまから、悪い遊びを覚えぬように」
 扇丸は、男と女、ということを思いはじめました。
 男がいる。
 女がいる。
 男は、女をもとめるらしい。女も、それにこたえるらしい。どういうことなのか。
 そして、自分は男なのだと知っていました。女。女を、扇丸は知りたくなりました。
「鳥よ」
「なんだ」
「おしえてほしいことがある」
「女とはなにか。そうだな」
「そうだ」
「生きる、死ぬ。そのふたつでは、はかり知ることが少しむずかしい。それは、愛ということだ」
「愛か」
「そうだ。大切に思うこと、守りたいと思うこと、そばにいたいと思うこと、それらのすべてであって、また、どれでもないようなもの」
「むずかしいな」
「ときには、にくむことも、そのひとつなのだ」
「分からないな」
「おまえは、愛を知らないか」
「知らない」
「女はいないか」
「いない。そういえば、あまり、見たことがないな」
「それでは、おしえてやろう。
 愛するということ。
 愛されるということ。
 どちらがいい」
「どちらかひとつか」
「そうだ」
 鳥かごを目のあたりまであげて、扇丸は、言いました。
「愛される、を知りたい」
「いいだろう」
 かちり、ことり、かたり、と、なにかが音をたてました。なにかが、さっきまでとはちがう、と感じました。
 かちり、と、碁石をそこに置いたようで、ことり、と、箸がころがったようで、かたり、と、歯車がかみあったよう。
 扇丸は、このときは、あまり考えたりしませんでした。愛する。それは、いつでも自分のやりたいときにできることだと思ったのです。
 十歳の扇丸に、妻ができました。
 姫は、遠い遠い親戚のお城からやってきました。扇丸は、その姫に会ったこともありませんでした。扇丸にはなにも知らされずに、殿さま同士が勝手に決めたのは、言うまでもありません。
 姫は、ふたつ年上の、十二歳でした。
「あなた」
 と、姫は、扇丸に声をかけました。
「あなた、花が、きれいですねえ」
「うん。そうだな」
「あなた、月が、きれいですねえ」
「うん。そうだな」
「あなた、もみじが、きれいですねえ」
「うん。そうだな」
「あなた、星が、きれいですねえ」
 姫は、扇丸の横顔に、いつでもこうして、話しかけるのでした。
 扇丸は、姫が自分のことを愛していると分かっています。が、どのようにこたえていいのか、それは、とてもむずかしいことのように思われました。
 姫のことは、大切でした。守りたい。そばにいたい。それらのすべてではあったでしょうが、それ以外のなにかではなかったようです。
 扇丸は、愛することをうしなって、愛されるということを知りました」
 三人目のおばあさんは、そこで、口を閉じました。足をくずして、また組みなおしました。こてんと首をかたむけ、だまっています。
「どうしたの、おばあさん」
 母親は、ひと膝のりだして、聞きました。
「ほ、ほ、ほ。忘れてしもうた」
「そんな。こんなところで終わっては、いけませんよ。まだ、はじまったばかりではありませんか」
「ほ、ほ、ほ。今日は、ここまで、また明日」
「また明日、おばあさんが来てくれるというのですか」
「いいや」
「じゃあ」
「まあ、落ち着きなされ。お話は、逃げないよ」
 三人目のおばあさんは、ふたり目のおばあさんが言ったことを繰り返すように、
「わしのすぐあとから、わしの妹が、同じ道をたどって、旅をしておりますのじゃ。
 わしの妹は、わしにそっくりでの。わしと同じように、お話を売っておりますのじゃ。
 明日、今日と同じ時間にここを通りかかり、きっと、同じように、休ませてくれとおねがいするでしょう。
 そうしたら、妹は、同じように、お話をお聞かせして、休ませていただいたお礼をいたします。
 つづきを聞きなされ。
 妹は、わしの話したその先を、すらすらと語ってみせるでしょう」
 と、母親に言いました。
 母親は、
「きっとですね。きっと、お話のつづきが聞けるのですね」
 と念を押して、三人目のおばあさんを送りました。
 鬼は、ほら穴にもどってきた母親に、腰をあげながら、
「早く、明日にならないか」
 と、言いました。
「そうですね。早く寝ることですね。それでは、早くめしをこしらえましょう」
「そうか」
 母親は、なぜだか、うれしくなっていました。

「扇丸は、十五になっておりました。
 じきに元服です。
 殿さまゆずりのふとい眉、その下のするどい鷹のような目、鼻すじはとおって、かたくむすんだ口唇は、強い意志をしめしていました。
 世のなかは、みだれておりました。
 あるじを殺して、お城をのっとったもののうわさを聞きました。
 無一文の役者が、一国をつくったといいます。
 はなたれた火で、一夜にして灰燼に帰した街があります。
 扇丸は、早く、いくさに出たいと思いました。
 ほこりのにおい。
 けむりのにおい。
 汗のにおい。
 けもののにおい。
 血のにおい。
 お城にとどく、すべてのにおいが、扇丸をかきたてました。
「鳥」
「なんだ」
「力がほしい」
「どうして」
「じきに、ここも、誰かがせめてくる。そのときは、もうおそい。こちらから、せめていかねば」
「どこに」
「どこでもいい。すべてだ」
「力か」
「力だ」
「人の力には、かぎりがある。どんなに頭をふりしぼって考えても、それがただしいかどうかは分からない。明日の空が、晴れるかどうかも、分からない。どんなに腕に自信があるものでも、あの山をくつがえすことはできない。一日に千里を走ることはできない」
「そうだな。人は、なにもできないものだな」
「人のかぎりを知ることだ」
「すると、どうなる」
「少しだけ、かしこくなれる」
「そうなのか」
「が、人の力には、かぎりがない、とも言えるのだ」
「なんだと」
「どんなに頭をふりしぼって考えても、それがただしいかどうかは分からない。が、なにを考えるのも自由なのだ。どんなに腕に自信があるものでも、あの山をくつがえすことはできない。が、できないことを、やろうとするのは自由なのだ」
「そうなのか」
「それでは、おしえてやろう。
 人にかぎりがあるということ。
 人にかぎりがないということ。
 どちらがいい」
「どちらかひとつか」
「そうだ」
 鳥かごを目のあたりまであげて、扇丸は、言いました。
「人にかぎりがないこと、を知りたい」
「いいだろう」
 かちり、ことり、かたり、と、なにかが音をたてました。なにかが、さっきまでとはちがう、と感じました。
 かちり、と、碁石をそこに置いたようで、ことり、と、箸がころがったようで、かたり、と、歯車がかみあったよう。
 人にかぎりがある。そんなことは、知りたくないと思いました。はじめから、知っているとも思いました。
 扇丸は、人のかたちではなくなっていました。
 赤黒く、かたい、つめたい肌に、針のような毛が生えていました。
 着物は、ぼろぼろになって、肩、肘、腰に、わずかにひっかかっているだけでした。
 いつのまにか、あたりは、暗くなっていました。そこは、山のなかのようでした。

  ほう、ほう、ほろろろ、ほう、ほう、ほろろろ、ほう

 ふくろうが、鳴いていました。

  じりじり、じりじり、じじじじ、じじじじ

 蝉も、鳴いていました。やはり、夏でした。
 扇丸は、ぜいぜい、息を切らして、滝のような汗を流している自分を見いだしました。なにも覚えていません。が、きっと、逃げてきたのだろう、と、思いました。
 
  け、け、け、け、けえ、け、け、け、け、けえ

 聞きなれない、あざ笑うような、けものの声でした。きっと、あの鳥が鳴くのだろうと扇丸は思いました。
 扇丸は、山のなかをさまよいました。
 明け方、扇丸は、林をぬけて、ちいさな川にたどりついていました。のどがかわいていました。扇丸は、川の水をすくおうと、腰をまげました。
 しずかに流れる川でした。朝日に金をくだいたようにかがやいて、さらさら、音をたてていました。
 扇丸は、川のなかに、見たことのない顔と目を合わせました。まがまがしい、鬼の顔でした。

  おおう、おおう、おお、おお、おおう

 鬼の扇丸は、泣きました。
 扇丸は、人であることをやめて、人にかぎりがないということを知りました」
 四人目のおばあさんは、そこで、お話を切りました。

Article tip 0人がサポートしています
獲得ALIS: Article like 7.74 ALIS Article tip 0.00 ALIS
川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

投稿者の人気記事
コメントする
コメントする
こちらもおすすめ!
Eye catch
他カテゴリ

警察官が一人で戦ったらどのくらいの強さなの?『柔道編』 【元警察官が本音で回答】

Like token Tip token
114.82 ALIS
Eye catch
ゲーム

【初心者向け】Splinterlandsの遊び方【BCG】

Like token Tip token
6.32 ALIS
Eye catch
クリプト

Bitcoinの価値の源泉は、PoWによる電気代ではなくて"競争原理"だった。

Like token Tip token
159.32 ALIS
Eye catch
クリプト

NFT解体新書・デジタルデータをNFTで販売するときのすべて【実証実験・共有レポート】

Like token Tip token
120.79 ALIS
Eye catch
クリプト

約2年間ブロックチェ-ンゲームをして

Like token Tip token
61.20 ALIS
Eye catch
他カテゴリ

京都のきーひん、神戸のこーへん

Like token Tip token
12.10 ALIS
Eye catch
トラベル

梅雨の京都八瀬・瑠璃光院はしっとり濃い新緑の世界

Like token Tip token
213.49 ALIS
Eye catch
ビジネス

ブックオフで買ってきてアマゾンで売る仕事の1ヶ月の売り上げ公開

Like token Tip token
182.41 ALIS
Eye catch
クリプト

スーパーコンピュータ「京」でマイニングしたら

Like token Tip token
1.06k ALIS
Eye catch
クリプト

ジョークコインとして出発したDogecoin(ドージコイン)の誕生から現在まで。注目される非証券性🐶

Like token Tip token
38.31 ALIS
Eye catch
他カテゴリ

オランダ人が語る大麻大国のオランダ

Like token Tip token
46.20 ALIS
Eye catch
トラベル

わら人形を釘で打ち呪う 丑の刻参りは今も存在するのか? 京都最恐の貴船神社奥宮を調べた

Like token Tip token
484.35 ALIS