「統合失調症ですね。」
なんですかそれは、と思った。診断書には”妄想”と書かれていた。
僕のいまのこの状況が妄想?僕がいま確かに感じていること、考えていることが妄想だって?
ありえない。
2018年3月、23歳の僕は大学院での研究に夢中だった。将来は大学で研究者として生きるものだと思っていた。
ところが、初めて提出したジャーナル論文は不再録となり、博士課程への進学が金銭的に危うくなった(修士課程で研究業績を上げたものは博士課程の学生でありながら給与がもらえるという制度がある)。僕は進学か就職のどちらかの選択を迫られることになった。
あれだけ夢中で仕上げたんだ。正直、論文が通ると思っていたから、たくさんの業種から自分に合った就職先を決めるだけの業界研究を怠っていた。周りがどんどん就職活動をしていく中で焦りだけがつのる。
このまま焦って就職先を決めて良いのか?研究者として生きる道はどうなる?そもそも僕は研究者としてやっていけるのだろうか?
研究ばかりやっていくのは幸福か?なぜみんな企業に就職すると即決できるの?
僕は普通じゃないのか?
普通ってなんだ?
自己分析をするといいよとアドバイスを受けた。だけどペンが進まない。自分は今までどんな人生を送ってきたんだっけ?どんな価値観で?
えーと、えーと、名前はー、杉中出帆。年齢は?あ、1994年生まれでいま2018年3月だから23歳か。
どんな性格?それは社会的に良い性格か?社会的に良いとは?
駄目だ、どんどんわからなくなる。
いつからか、生活リズムは不規則になる。しかし不規則になっているという自覚はない。
僕は大学に、研究室にこもりすぎていて現実の世界を知らなすぎるのかもしれない。そう思い、町中を歩いている人やお店でご飯を食べている人に自分から声をかけるようになった。
いま何をするのがあなたにとっての幸せですか?
そこに本当の幸せはありますか?
あなたはどんな人ですか?
怪しい宗教家またはソクラテス状態である。今思うと悪い意味で有名になっていたかもしれない。
この時期に、他人の感情が読める感じ、自分が有名人になってしまっているという感覚を得た。
普段人と会話してこなかった僕にとって、人と話す機会が多くあったこの時期に、他人の感情を仕草や表情から推察する能力が向上したことは今となってはそんなに不思議なことではない。また、正確には読めていないのに読めていると思い込んでいたという場合も多かったことだろう。
自分が有名人になってしまったのではないかと思った理由は、僕が研究室で何気なく「もう結婚したいな」とメンバーに言ったことがあり、その翌日に駅のレストランで隣のカップルの女方が
「あの人は大学院生でー、もう結婚したいんだって」
という言葉を聞いたからである。これが幻聴なのかそれとも本当なのかは今となっては確かめようがない。ソクラテス状態だった自分は悪い意味で有名だった可能性もある。
みんなが自分に注目していると思った。自分が好きな将棋が日本でブームとなり、研究している人工知能が世界的にブームになっていた。僕が注目するものに世界が注目するという錯覚が起きた。
自分は人工知能の研究を進めていってこれからどのような変化を起こすのだろう。ただ面白いという理由だけではなく、作った後のことも考えないといけない。
睡眠不足などで体調はさらに悪化し、僕は実家に帰った。その時、テレビで人型ロボットが出演していた。それだけでない。僕が知っている芸能人が皆ロボット化していたのだ!
僕が研究する前にすでに完璧な人型ロボットは実現されている?まさか!
こんな世界があっていいのか!これが僕の望む世界なのか?
僕は家族にそのことを伝えずに急いで実家を出て、自分の家に帰った。
今思えばそれはただの見間違えだったのだろう。
僕は将来人型ロボットを発明する。僕は自分を作る。この世界を変える。そう思った。
しかし、それに反対する勢力がいるだろう。僕は監視されている。
このあたりで、誰かに見られている感覚が強くなった。
どこまでが現実でどこまでが夢かわからない。
自分では思考をコントロールできなくなり、精神科への入院を自ら申し出た。