「真・女神転生」という名のテレビゲームがある。
1992年に世に出たスーパーファミコン用ソフトであり、「悪魔召喚システム」なるコンピューター技術を駆使し、突如街中を徘徊し始めた悪魔たちと対峙して、仲間に引き入れたり、戦ったりしながら、ストーリーを進めていくロールプレイングゲームである。特に、引き入れた仲間の悪魔(仲魔)同士を合体させて、より強力な悪魔を生み出していくシステムは、ほかのゲームとは異なる点といえる。
ゲーム中には、天使や神/女神といった存在も含め、宗教や宗派を問わず、古今東西の神話・民話に出てくる霊的な存在が勢ぞろいしている。よって、自分の仲魔として、日本の神とキリスト教の天使、ケルトの妖精、仏教の鬼神を連ねるなど、宗教的に不思議な光景をゲーム中に作り出すことが可能である。
さて、このゲームで主人公(=プレイヤー)は、LAW、CHAOS、NEUTRALという3つの属性のうち、最終的に一つを選ばなくてはならない。この属性により、仲魔や使用武具の種類、ストーリーの展開が変わっていく。エンディングは、3属性それぞれに用意されており、すべてを見るにはかなりのやりこみが必要である。
この3属性の特徴は、概ね以下の通り。
LAW:秩序と規律を守ることが絶対であり、神の掟に逆らうことはタブー。ただし、
清く正しく生きたものには神の祝福が与えられる。
CHAOS:力と混沌が絶対のもので、LAWとは真逆の性質を持つ。欲望を否定せず、
それが動物である人間としての本質であるとの考え方に基づく。
NEUTRAL:中立の立場。LAW/CHAOSのどちらからも距離を置き、人間が自らの
意思で立場を決めるという、支配・従属からの自由と独立を貫く。
ゲームのストーリー上、節目となる場面で出現する強力なボス敵キャラクターとの戦闘に勝利しなくてはならない。この時、LAW属性の場合はCHAOS、CHAOS属性ならばLAW、それぞれの真逆の属性にいるボスキャラを倒し、エンディングへとプレイを進めていく。ところが、NEUTRALの場合、LAW/CHAOS両方のボスを倒さなくてはならず、手間が多くかかってしまう。
しかし、筆者はこのNEUTRALにこそ、最も重要なメッセージが隠されていると思っている。それは、タイトルにもある「中庸を行く」である。
ネタバレになるため詳細は伏せるが、NEUTRAL属性で重要なキャラクターが、ゲーム中でこのような言葉を残している。
「何よりも、調和が大切なのじゃ。」
このゲームでは、特定の宗教に偏らない形で霊的な存在が描かれていることは、上述の通り。この「偏っていない表現」自体が、NEUTRALの示す調和を体現しているのではないかと思っている。
しかも、ボス敵をすべて倒すという、初見プレイでは避けられがちのルートの中に、調和をうたうメッセージがある。それほどの覚悟はあるか?と、まるで問われているかのように。
この「中庸を行く」というのは、現実世界における様々な宗教でも貴ばれている形跡がある。それはまた、別の機会に改めて述べるが、このゲームから中庸を行くことの大切さを学ぶとは、自分でも驚いた記憶がある。
何事も、行き過ぎはよくないものだ。食べ過ぎれば太るし、飲みすぎれば健康を損ねる。調和を意識しながらこのゲームをプレイしてみると、また違った目線で楽しめるのかもしれない。