
12月15日の話。
今日も今日とて、土曜日のAKIUSCHOLĒのことで頭いっぱいだった私です、今朝、コンタクトの保存ケースが空になっていて、コンタクトをつけたまま眠ってしまったことに気付きました(本当にある怖い話)。いかんいかん。
そんなうっかり寝てしまった昨日ですが、大河ドラマ「べらぼう」、最終回でした。もう、2025年、母と共に、けっこう支えられた作品でした。
とにかくべらぼうに明るい蔦谷重三郎(横浜流星)。大変な時も、“たわけ切って”、世の中に笑いと遊びを届け続けた本当に素敵な人でした。時に反感を買い、ピンチもピンチ、大ピンチで、人が離れていったこともあったけど、それでも「笑い」をとにかく忘れず、周りを照らし続けた蔦重に、私と母は、2025年、沢山支えられたのでした。
実は、夏ころから母が体調をとても崩していました。私も気が気でない日々が続いて、入院しても検査しても何も出てこない、ただただ母の元気がなくなっていく、辛い日々でした。でも思えばそんな中でも、「べらぼう」だけは、母は観続けていたので、本当に本当に、蔦重に支えられてた気がします。
最終回に、蔦重の奥さんである「おていさん」が、涙ながらに言ったセリフ。大泣きした。
「屑屋に出せば本は本ではなく、ただの紙屑。手習いの子らに渡れば、子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものになります」「その富は腹を満たすことはできません。けれど心を満たすことはできます。心が満たされれば、人は優しくなれるでしょう。目の前が明るくなるでしょう。次は己が誰かの心を満たそうと思うかもしれません。さような笑いという名の富を、旦那様は日の本じゅうに振る舞ったのではございませんでしょうか。雨の日も、風の日も、たわけ切ったこと。日の本一のべらぼうにございました」。
エンターテインメント、娯楽、笑い、そういったものの大切さを痛感したし、「正しさ」とか「正義」の側に立ってしまうと、松平定信のように「質素倹約」とすることが良い、娯楽や遊びは人を堕落させる、そんな風になってしまいかねないな、と感じました。
「不謹慎」とかそういう言葉によって、「笑い」は簡単に人々の生活から排除されてしまう。でも、そんな時こそ笑わないと、そんな時こそふざけないと。そういう気持ちを大事にし続けた蔦重が、令和にも通じる日本の豊かさを生んだんだ…と、本当にすごい人だ…と感じました。もちろん、どこまで史実に忠実に書かれていたかは分からないけども、何せ、かの有名な「蔦屋書店」。
すごい人だ…。

※本居宣長役で最終回だけ出てきた北村一輝氏も最高の演技だったと思う。
大河ドラマなんて、こんなに真剣に観たことなかったけど、2025年「べらぼう」、最高の大河ドラマでした。
有難山です(蔦重の口癖)。
おやすみなすび。










