書名 むらさきのスカートの女
著者 今村夏子
発行 朝日出版
ジャンル 小説
テーマ 会社、職場、非正規雇用
ページ数 211
日野 非正規労働を繰り返す女。権藤がつけたあだなが「むらさきのスカートの女」。
権藤 ホテルの清掃員でチーフ。日野を監視する女。本書のストーリーテラー。
所長 ホテルの清掃部門の長。
塚田 ホテルの清掃員でチーフ。権藤の同僚で日野のトレーナー。
「わたし」(権藤)は近所に住む日野が気になってしかたがありません。日野に「むらさきのスカートの女」と長ったらしいあだなをつけます。友達になりたくて、日野を監視します。直接話す勇気は持てず、日野がよく訪れる公園に就職情報誌を置いたり、アパートのドアノブに物をかけておいたり、陰から世話を焼きます。
思惑通り、日野を自分と同じ職場に誘導することに成功します。その職場はホテルの清掃で、個性的な先輩が多く新人が長続きしないのです。日野は所長、塚田チーフのもとで働き始めます。戸惑っていた日野は、周りのフォローで徐々にうまく働けるようになります。
所長は日野に優しく接し、いつの間にか日野は所長と不倫関係になります。権藤はデートのあとをつけていき、冷静に監視を続けます。日野は職場で態度が悪くなり、同僚の反感を買います。しかしある日、所長と日野は日野のアパートで別れ話になり、もみあいになります。所長は二階の階段から階下に落下し、死んでしまいます。
狼狽する日野に、陰から見守っていた権藤が声をかけ、合流地点を指示して逃がします。権藤が家に戻り、準備をして合流地点に着くと、日野がいません。それ以降、権藤が日野と会うことはありませんでした。
この物語は「わたし」の語りで進みます。読者は「むらさきのスカートの女」に興味をひかれますが、それと同時の「わたし」の異様さに気づかされます。行動が突飛ですし、「むらさきのスカートの女」をずっと監視しているからです。「わたし」の名前が「権藤」であることは物語の中盤で明かされますが、権藤の語っていることが真実なのか妄想なのかがそのうちわからなくなってきます。
権藤は商店街で組合長に目をつけられたり、家賃が払えずアパートの部屋を追い出されたりしています。所長の権藤評は「遅刻、無断欠勤の常習犯」であり、相当な問題児であることはどうやら本当のようです。権藤が言うには「むらさきのスカートの女」が街の有名人ですが、やっかい者として知られているのは権藤の方です。読者は権藤に狂気を感じます。
権藤が狂気と正常の狭間を行ったり来たりしているのかもしれない、もしくは認知能力に問題のある女であるとすると、むらさきのスカートの女というのは本当にいたのかということになります。事件後、ある女が一人、職場からいなくなったのは確かなようですが...。もしかしたら、本書の表紙が示唆しているように、むらさきのスカートの女と権藤は同一人物だったのもしれません。
権藤は日野が逃げたあと、合流地点で日野を探しますが、道行く人に日野の特徴を伝えられません。むらさきのスカートを穿いていたかもわからなかったのです。認知症は正常と異常がまだら状態になることがあるそうですが、正常なときは異常なときのことを覚えていないということかもしれません。
面白いです。「むらさきのスカートの女」が主人公と見せかけて、実は権藤が主人公だったのですね。著者はホテルの清掃員の仕事をしていたこともあるそうで、そのときの経験が本書に活かされています。ホテルの備品をバザーに出品したり、果物やお菓子を勝手に食べる清掃員の話は、リアリティがあります。また、女性だけの職場では噂話や無視、嘘など陰湿ないじめがあるんですね。新人がすぐ辞める気持ちがよくわかるお話でした。
以上