書名 東京都同情塔
著者 九段理江
発行 新潮社
ジャンル 小説
テーマ 建築、ギフテッド、寛容
ページ数 143
サラ・マキナ 建築事務所のボス。シンパシータワートーキョーのデザインコンペに応募する。
タクト・トージョー 見た目の良い店員。美容やファッションに詳しい。サラに声をかけられ知り合った。
マックス・クライン ジャーナリスト。陽気なアメリカ人の典型。サラとタクトにインタビューをする。
マサキ・セト 幸福学者。シンパシータワートーキョーの発案者。
ザハ・ハディド案の国立競技場が建てられた、今とは少し異なる世界の近未来を生きる4人の出会いや人生を描いた群像小説です。その世界では、2020年東京オリンピックで多くの熱中症の死者が出たことになっています。
幸福学者マサキ・セトの思想は、罪を犯した人を憐れむべきとし、彼らこそ同情されるべき者たちだというものです。その思想は国や東京都に受け入れられ、国立競技場の近くにシンパシータワートーキョーという刑務所が建てられることになりました。その刑務所は塔の形状をしており、収監された罪人は快適な生活が約束されます。公式には否定されていますが、ベーシック・インカムの実験場とも揶揄されています。
サラ・マキナはマサキ・セトの思想には何の興味もありませんでしたが、コンペ参加を促す声がかかったため、考えに考え、コンペに応募します。タクトはサラに日本語の言い方としては「東京都同情塔」がいいのではないかと提案します。
サラ案が採用され、東京都同情塔は建てられ、運用が開始します。タクトは看守として採用されます。マックスはジャーナリストとして、タクトとサラにインタビューをし、自分も同情塔に住みたいと思うのでした。
この物語は主要な登場人物は4人しか出てきません。4人はそれぞれ異なる才能を持ちます。悲劇的な結末を迎える人もいますが、本書は人間賛歌と読めばよいでしょう。
サラは天才です。子供の頃から数学と物理で突出し、数学オリンピックにも出場しています。アメリカで何の不自由もなく建築事務所に勤めることもできています。頭が良すぎて、まるで頭の中にAIがいるかのようです(マキナという名前がそれを暗示する)。言動もやや突飛です。サラが一人称で語る部分は、天才ゆえ思考があちこちに飛ぶので非常に読みにくいです。
タクトは若い母を持ち、疎まれて成長しました。母とサラは同じ年齢で、そのためサラになんとなく母の面影を重ねています。自分の見た目が良いことを認識していて、ファッションや美容にかける努力は相当なものです。他には特別な才能はありません。
マックスはレイシストと呼ばれていますが、特にレイシストのような言動はありません。過去に日本人女性と付き合ったこともあり、特に白人第一主義という感じもしません。サラの語りが読みづらいので、マックスの語りになるとすらすら読めることに読者は苦笑します。
マサキの家の庭に不審者が忍び込みます。マサキは不審者に出ていくよう厳しく接します。それは、シンパシータワートーキョーの提唱の本に書かれたような寛容、同情とは真逆の行為でした。庭に不審者がいたらそれも当然ですが、仕事と私生活の間にきっちりと線を引いている人だったのでしょう。
面白いかと言われると、面白いのかなというのが正直な感想ですが、群像劇、人間賛歌として読めば芥川賞受賞もうなづける、納得の作品と言えます。サラは天才なので、天才を表現するのに苦労したのではないでしょうか。頭の良い人は特有の表現をするものですから。
著者は建築についてよく取材しています。「アンビルトの女王」ザハ・ハディド、「木の建築家」隈研吾、「不動産王」トランプなどが名前だけ登場しますが、それもこの物語のリアリティ性を高めています。建築とは、デザインとは、建築家はどんな気持ちで設計するのかというのも本書で簡単に理解することができ、何かのデザイナーと仕事をすることがある人は、読んで損はない本です。
以上