「新型コロナウイルス感染症(COVID-19; coronavirus disease 2019)が流行ると本屋が儲かる」という状況になっています。活字離れの要因はテレビでもパソコンでもスマートフォンでもなく、リアルな活動でした。アクティブな活動がじっくり本を読むことから遠ざけていました。この点でALISが2020年3月16日からの「お題」を「本」にしたことは時宜を得たものと言えます。私は埼玉県警の警察不祥事として悪名高い桶川ストーカー事件を取り上げた犯罪ノンフィクションを紹介します。
桶川ストーカー殺人事件の真相は週刊誌記者が明らかにしました(清水潔『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』新潮社、2000年)。それを日本中に広めたものは鳥越俊太郎さんがキャスターを務める報道番組「ザ・スクープ」(テレビ朝日)です。これで埼玉県警の腐敗が日本中に知れ渡り、全国的に警察批判が起きました。
その取材ドキュメントが鳥越俊太郎&取材班『桶川女子大生ストーカー殺人事件』(メディアファクトリー、2000年)です。警察への質問状提出、その回答と当事者取材との食い違いを明らかします。その後の警察不祥事とも共通する警察の隠蔽体質を明らかにしています。真実を歪めて調書を作成する実態も明らかにしました。
桶川ストーカー殺人事件は1999年にJR高崎線桶川駅で発生した女子大生刺殺事件です。警察の杜撰な対応や嘘によって被害者家族は心痛に苦しめられました。市民にとって「悪魔は遠くまで探しに行く必要がなかったということ。それは想像上のものではなく、現実に存在した」(エドヴィージ・ダンティカ著、山本伸訳『デュー・ブレーカー』五月書房新社、2018年、200頁)。
この事件で問題になった埼玉県警は風通しの悪い組織の典型です。「上司の意見に合わせる」「文句を言わず黙って従う」「面倒な情報は上司に伝えない」(「【図解】コレ1枚でわかる「風通しの悪い組織」と「風通しの良い組織」」ITソリューション塾2015年7月23日)
「ザ・スクープ」が桶川ストーカー殺人事件を世に知らしめた功績は大きなものがあります。特に、もう一人の犯人と言える埼玉県警の問題を明らかにしました。そこは評価してもし過ぎることはありません。
一方でマスメディアという権力が警察権力と対峙したようにも見えます。「マスメディアで取り上げられたから」という話になると、隠蔽された警察不祥事が大手を振る社会になってしまいます。その意味では、その前から事件を調べ、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』は外せません。
鳥越さんは2016年東京都知事選挙に立候補しましたが、惨敗しました。介護離職の意味を知らないなど現役世代の抱える問題を軽視しました。鳥越候補の失墜は、若年層や現役世代のリベラル離れ、リベラル嫌悪を象徴する出来事でした。
一方で鳥越さんは桶川ストーカー殺人事件では良い仕事をしています。その意味では戦後民主主義を守るという若年層や現役世代に響かない話よりも、桶川ストーカー殺人事件の追及のような具体的な社会問題に取り組むことがリベラル立て直しの処方箋になるでしょう。
桶川ストーカー殺人事件