映画『99.9 刑事専門弁護士 THE MOVIE』が好調です。2021年12月30日から公開され、週末興行収入実写邦画1位を記録しました。『THE MOVIE』はTBSテレビで2016年、2018年に放送された松本潤主演の連続ドラマ『99.9-刑事専門弁護士-』の劇場版です。深山大翔弁護士(松本潤)らが15年前の天華村で起きたワイン毒物混入事件の冤罪に取り組みます。
『99.9-刑事専門弁護士-』はコミカルなタッチながら現実の冤罪事件を連想させる社会性の高い作品です。冤罪は高波のように押し寄せて、それまでの平穏無事な生活を滅茶苦茶に破壊する。冤罪被害者は実に大変な目に遭っている。どのような物語も冤罪被害者の前では色褪せてしまいます。その辛さが身に染みてよく分かるようになります。故に冤罪被害者の力になりたいと思います。
アニメ映画が好調な漫画『呪術回戦』も2021年12月刊行の単行本18巻で日本の刑事訴訟の有罪率の高さの不合理を指摘するエピソードがあります。人質司法など日本の刑事司法はエンタメの世界で問題意識として受け止められているのでしょう。
『THE MOVIE』は公開前日の12月29日に放送されたテレビドラマ『99.9-刑事専門弁護士 完全新作SP 新たな出会い篇 映画公開前夜祭』の続きです。典型的な日本の冤罪事件は警察官や検察官の勝手な思い込みで犯人と決めつけられるパターンです。踏み字で自白を強要した志布志事件は有名です。これに対して『新たな出会い篇』は最初から冤罪を作るパターンが描かれました。冒頭で描かれた冤罪事件は建設問題の告発者を虚偽の告発で陥れるパターンです。
現実に愛知県名古屋市瑞穂区白龍町のマンション建設反対つぶし事件が起きました。マンション建設反対運動のリーダーの奥田恭正さんが現場監督から胸を両手で突き飛ばしたとでっち上げの告発をされ、暴行罪で逮捕・勾留・起訴されましたが、無罪判決になりました。冤罪被害者の奥田さんは警察庁にDNA型データなどの抹消を求めて国を提訴し、名古屋地裁(西村修裁判長)は2022年1月18日に抹消を命じる判決を出しました。冤罪をテーマとしてドラマ化された小説『白日の鴉』でも貧困ビジネスを隠すために虚偽の告発で冤罪を作出しています。
ドラマの中盤から描かれた冤罪事件は市長の収賄容疑です。冤罪を訴えている岐阜県美濃加茂市の藤井浩人前市長の事件を下敷きにしていると考えられます。藤井前市長は2021年11月30日に名古屋高裁に無罪を求めて再審を請求しました。再審請求理由書では贈賄側男性の供述の信用性を高める証言をした人が2020年10月、検察官が告げた裏付けのないことを前提に証言したと明かしたと主張します。
また、高知県香南市発注工事を巡る官製談合事件では起訴取り消しが起きました。この事件では市住宅管財課の男性課長が価格を漏らしたとして官製談合防止法違反などで逮捕されました。その根拠は他の逮捕者の「課長から価格を教わった」との自白でしたが、その自白が虚偽でした。ドラマ制作時間を考えれば高知県香南市発注工事事件の起訴取り消し前に脚本はできているものです。日本の警察や検察の行動原理はワンパターンで変わらないということでしょうか。
裁判では証拠の手紙の不自然さに気づくことが鍵になります。結びの文章の後に内容のあることを書くことは不自然です。しかし、これを不自然と気づける人は教養があります。手紙に追伸を多用していると、この不自然さに気づけなくなります。
追伸は手紙を筆で書いていた時代に本文を書き直す手間を省くために使われたものです。追伸文を書くことは「あなたは手紙を書き直す手間をかける必要がない存在です」と言っているにも等しいことになり、失礼になります。つまり、追伸は滅多に使うものではありません。特にパソコンで文章を作成する場合には容易に文章の挿入ができるため、追伸は不要であり、過去の遺物になりました。ところが、無学者は追伸を使うことが逆にオシャレと思っています。漫画『銀魂』第7巻の第54訓「人の名前とか間違えるの失礼だ」には追伸の使用をカッコいいと勘違いする無学者を風刺するギャグがあります。
『99.9-刑事専門弁護士』はSEASON Iでは検察の問題、SEASON IIでは裁判所の問題を描きました。『新たな出会い篇』では検察とグルになって冤罪を作る弁護士が描かれます。司法の闇に光をあてていくドラマです。単純に弁護士倫理に反し、弁護士懲戒される事案ですが、本人に非道徳的なことをしている自覚すらない点が弁護士倫理の荒廃を示しています。
現実にも食い詰めた士業が違法や脱法を指南するブラック士業が問題になっています。テレビドラマ『ダンダリン 労働基準監督官』ではブラック企業に労働法の規制の脱法を指南するブラック士業が描かれました。
『99.9-刑事専門弁護士』の主演は一貫して深山弁護士(松本潤)ですが、ヒロインの女性弁護士はシリーズで以下のように変わります。
SEASON I:立花彩乃弁護士(榮倉奈々)
SEASON II:尾崎舞子弁護士(木村文乃)
『新たな出会い篇』『THE MOVIE』:河野穂乃果弁護士(杉咲花)
過去シリーズは十分面白いので新たに参画する役者は大変ですが、河野弁護士はキャラクターが立っています。ヒロインはSEASON IとSEASON IIでは深山弁護士に反発する役どころでしたが、今回は深山弁護士の称賛者になる点が新しいです。また、SEASON IとSEASON IIでは深山弁護士の変人ぶりに常識で突っ込む役どころでしたが、今回は自身も変人ぶりを発揮します。
『THE MOVIE』は15年前の事件を調べます。天華村でワイナリーを営む山本貴信(渋川清彦)は天華村で行われたワイン祭りでワイン樽の中に毒物を混入して4人を殺害したとして殺人罪で逮捕・起訴されました。山本は無罪を主張しましたが、有罪判決が出され、獄中で死亡しました。この事件は現実の名張毒ぶどう酒事件を連想させます。ぶどう酒の現代的な表現はワインです。
深山弁護士は天華村で調査するが、村人達は真実を明らかにすることに非協力的でした。ここも名張毒ぶどう酒事件に重なります。名張毒ぶどう酒事件の村人達は個人の人権よりも波風を立てないことを優先しました。権力も村社会の人々も冤罪被害者の生活の立て直しを邪魔することしか考えません。破壊することが目的であるかのように振舞います。
『新たな出会い篇』を踏まえると人を陥れ、冤罪を作り出すパターンを予想したくなります。ところが、村人達には意外な動機があった。エンタメ作品として良い意味で欺かれました。『新たな出会い篇』で冤罪を作り出した連中とは一見すると、真逆に見えます。しかし、無実の罪をきせられ、獄中死することが許されることではありません。
世の中を丸く収めるために誰かに負担や我慢を押し付ける昭和の村社会は全体主義です。別の誰かのために他の誰かが負担や我慢を押し付けられることも不公正です。村社会の特定の人への優しさは、別の人への残酷さになります。子どもの将来を守るための嘘が別の子どもを不幸にします。斑目晴彦(岸部一徳)の言葉「嘘で人は救えない」は正しいです。村社会の善意も信用してはなりません。
99.9 刑事専門弁護士 SEASON I 特別編
『99.9-刑事専門弁護士』松潤の榮倉呼びにゾクゾク
『99.9-刑事専門弁護士 第二夜』宮崎強姦ビデオ事件を連想
『99.9-刑事専門弁護士 第三夜』出番なし
『99.9-刑事専門弁護士 第四夜』普通で美味しい
『99.9-刑事専門弁護士 第五夜』事実を捻じ曲げる検察