Jasper Fforde, The Last Dragonslayer (HarperCollins, 2011)は魔法の使える架空の文明世界を舞台とするファンタジー小説です。日本語版は、ないとうふみこ訳『最後の竜殺し』(竹書房文庫、2020年)です。物語世界のブリテン島は不連合王国と総称され、多数の国家が併存しています。魔法が使える世界と言えば中世レベルの文明が定番です。資本主義が発達した世界で魔法が使えるとしたらどうなるでしょうか。想像すると楽しいです。
有名な魔法ファンタジー小説『Harry Potter』も現代が舞台です。日本語訳は「inn」を「旅籠」、「writing desk」を「文机」と訳しており、中世らしさを醸し出しています。しかし、原書を読むと、むしろ現代文明の中で魔法があったらという世界に感じます。『ハリー・ポッター』日本語版は訳者の趣味が強いでしょう。
『The Last Dragonslayer』の表紙イラストは中世ファンタジー風です。これに対して『最後の竜殺し』の表紙イラストは魔法が使える現代文明社会であることを強く印象付けます。原書と日本語版の立ち位置が『Harry Potter』と逆転しています。『最後の竜殺し』の可愛げのない主人公のイラストは、物語の味を出しています。
現代文明で魔法があったらという世界観は、実は日本のエンタメ作品が古くから取り上げています。『ドラえもん のび太の魔界大冒険』です。凄い魔法を使うためには高価な道具や資格が必要という世界でした。
魔法が使える世界の物語は現実を逃避して夢を見させる要素があります。『魔界大冒険』は、それほど甘くないというブラックジョークの笑いになります。一方で近時の日本のエンタメの転生物では現実世界のスキルをファンタジー世界で通用させる展開が増えています。それだけ市場経済が確固たるものとして人々の意識の中に定着したということでしょうか。
本書の魔法はプログラミング的です。20世紀の感覚では魔法と科学は対極に位置付けられますが、魔法とITは親和性があります。システムエンジニアはコンピュータ全ての構造を知らなくても成り立ちます。ある分野はブラックボックスであり、魔法のようなものです。
システムエンジニアはテクノロジーの最前線にいますが、ラジオを分解して構造を把握するような20世紀の科学少年とは異なります。説明できないものを存在しないものと否定する20世紀的な科学万能の唯物論に凝り固まりません。魔法をITの感覚で説明することは合っています。
主人公はドラゴンの問題以上に社会の理不尽に直面させられます。不動産業者の時間をかけた陰謀が描かれます。この不動産業者の執念深さは現実味があります。日本の再開発も住民反対運動で頓挫しても、中心メンバーの高齢化を待ってから復活させた例があります。この組織の嫌らしさをエンタメ作品で巧みに描いています。
不動産業者の手口は心を許した相手に付け込み、信頼を裏切る許し難いものです。典型的な詐欺師です。主人公の積み上げたものが不動産業者の醜い陰謀で破壊されるならば、八つ裂きにしたくなるくらい腹立たしくなります。その後の、あっさりと消滅する展開にはスカッとしました。会社の結末も最後に一文で簡単に説明されます。これもスカッとします。悪徳不動産業者には再チャレンジの機会を与えること自体が不公正です。因果応報の物語として完璧です。
『最後の竜殺し』の説明文には「敵はドラゴンではなく、資本主義なのか」とあります。これは『The Last Dragonslayer』にはありません。日本人は資本主義を批判しておけば興味を持つ人が多いのでしょうか。
確かに不動産業者の利潤追求に対し、主人公はドラゴンランドの自然保全など資本主義のオルタナティブな価値観で対抗する展開が予想されました。しかし、最後は人々の欲望を最も強い意志と位置付け、人々を欲望に正直に行動させました。また、計画を無理強いするのではなく、各自の動きに委ねることが必要とされます。これは市場原理の神の見えざる手に重なります。
不動産業者は資本主義の申し子のような論理を振りかざしますが、その手口はフェアな市場ルールからは不公正なものです。ドラゴンを殺してドラゴンランドの土地の権利を得ようとする行動は、地上げ屋と変わりません。それは国家権力を使って身内の経営する企業を儲けさせる国王と似たようなものです。
それは市場原理に基づいた本来の資本主義とは異なります。利権資本主義とでも言うべきものです。対立軸は自由資本主義と利権資本主義になるでしょう。やはり資本主義のオルタナティブを目指すよりも、利権に左右されない市場経済を徹底する思想が21世紀の思想傾向になるでしょう。
----- Advertisement ------
◆林田力の著書◆
東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った
埼玉県警察不祥事