NHK大河ドラマ『青天を衝け』が2021年3月14日に第5回「栄一、揺れる」を放送しました。栄一は攘夷思想に目覚めていきます。第4回「栄一、怒る」で代官の理不尽かつ一方的な要求に怒りを燃やしました。栄一の怒りは公務員の仕事ぶりを目の当たりにしている現代人からも大いに共感できます。
代官は威張り腐った腹立たしい役人です。無能公務員ムーブが出ています。ブラック企業ならぬブラック藩です。明治時代の官尊民卑を知っているため、幕末史は徳川贔屓でみたくなりますが、民衆は当時の役人に腸が煮えくり返っていたでしょう。幕府の崩壊を既得権益の破壊と期待した人々も多かったでしょう。
一方で、その怒りの持ち主が攘夷に走ることはピント外れに感じます。就職氷河期や世代間不公平など現代日本社会の矛盾に苦しむ人々が何故か中国や韓国が悪い、外国人労働者の受け入れが悪いと排外主義に走るような違和感を覚えます。
『青天を衝け』は阿片戦争を強調しています。第3回「栄一、仕事はじめ」でも阿片戦争が幕末の日本に危機感を与えたと説明されました。英国は阿片を清国に売りつけ、国民を阿片中毒にしました。清国政府が外国からの依存性薬物の輸入を阻止しようとすることは当然です。ところが、それをしたところ、侵略戦争の口実にされました。とんでもない話です。
栄一はガチガチの攘夷論者になります。横浜外国人居留地を焼き討ちにしようとしました。これは明治の実業家としては黒歴史になるでしょう。『青天を衝け』は阿片の問題を強調することで攘夷が薬物犯罪の糾弾と同じように当時の人々にとって自然な感覚であることを描くことに成功しました。
外国が阿片を持ち込み、日本人を阿片中毒にするのではないかという脅威は政治課題であり続けました。日米修好通商条約など安政五カ国条約は阿片輸入を厳禁とし、外国商船が一定数の阿片を持ち込んだ場合は日本側が没収できることも定めました。日本側が没収できることを定めたので、阿片戦争のようなことは起こせなくなりました。これで日本は救われたと言えます。
しかし、条約で禁止しても、日本で阿片を販売しようとする不届きな売人は存在します。1877年(明治10年)には英国人Hartleyによる阿片密輸事件が発覚しました。条約で没収する権限は定められましたが、治外法権によって日本の法律で薬物の売人を罰することはできません。英国の領事裁判法廷は「阿片は薬用」とするHartleyの主張を容れて無罪判決を言い渡しました。危険ドラッグを「ハーブ」や「お香」と強弁して販売するようなものです。依存性薬物売人の論理は古今東西変わりません。
この判決は当然のことながら日本の世論を激昂させ、不平等条約の問題を認識させました。不平等条約改正と言えば1886年(明治19年)のノルマントン号事件が有名です。ノルマントン号事件の風刺画は歴史の教科書にも掲載しています。しかし、鹿鳴館は1883年(明治16年)に完成しており、それ以前から条約改正に動いていました。その端緒がHartley事件です。
第5回「栄一、揺れる」で徳川家康は士農工商が身分制度を表すものではないと解説しました。昭和の教科書で学んだ世代が徳川家康に最新の歴史研究の成果を教えてもらうという不思議な番組になりました。依存性薬物対策の観点からも歴史の見直しがなされていくでしょう。
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