江の島の江島神社参拝記録です。10年ぶりですね。
6月某日、いや~、天気が良かった~。今年一番の暑さで大汗かきましたわ。
江の島(江の島大橋手前より)
江の島弁天橋
ジェットスキーが涼しげに^^
鎌倉幕府によって編纂された『吾妻鏡』には、干潮時、片瀬の浜から江の島まで歩いて渡ったという記載があり、江戸時代には、幕府の高官、歌舞伎役者、職人、火消し、楼主や魚河岸の人々など幅広い階層の参詣者が、干潮時に現れた陸路を歩き、江の島を訪れていたそうです。明治の時代になって木橋が架けられ、現在の橋(全長389m)は、昭和三十九年(1964年)に開催された東京オリンピックのヨット競技に合わせ完成したもの。http://enoshimajinja.or.jp/annai/ より
ググってみると、江の島は
・島全体が神奈川県の史跡に指定
・島全体が神住まう地
・島全体が江島神社の境内
など、出てきます。島には300人ほど住んでいるようですし、マリーナやヨットハーバーまであります。
「境内」の定義はいかなるものなのか?
境内(けいだい)とは、神社・寺院・教会などの宗教施設が占有している土地のこと。境内地。
境内の定義は様々で、例えば、全ての占有地を境内と呼ぶとは限らず、神域として他から区別している敷地のみを境内と呼ぶこともある。飛地境内のことを境外(けいがい)と呼ぶこともある。
また、法律用語での境内地(けいだいち)とは宗教法人が宗教活動に用いるための土地のことである。宗教法人法によって規定されている。境内 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2020年11月22日 (日) 16:09
というわけで、境内の定義は様々だって(笑)
橋を渡ると・・・
青銅の鳥居 延享四年(1747年)に創建
ここから次の鳥居までの参道沿いに、まるで昭和から時が止まっているお土産屋さんや飲食店が並んでいますよ。
朱の鳥居 昭和十一年(1936年)山田流筝曲の家元・林敏子が再建・寄進
鳥居前から歩いてきた参道方向
弁天橋を歩いていた時は風が気持ちよかったのに、島に着いたら無風で暑かった~。
瑞心門 龍宮城を模した楼門
児玉源太郎陸軍大将を祀る児玉神社の鳥居
工事中で拝殿まで行けず・・・ご縁が無かったという事で。。。
瑞心門前より
この写真は、2010年10月にナイト磯観察後に立ち寄ったときのもの。
瑞心門奥の江島神社ご鎮座1450年を記念して奉献された「弁財天童子石像」
ブレててすいません。。。
奉安殿(写真撮影禁止)へも参りました。
辺津宮境内の八角のお堂・奉安殿には、日本三大弁財天として有名な八臂弁財天(国指定重要文化財)と裸弁財天・妙音弁財天(市指定重要文化財)が祀られています。
江戸時代には、この江島弁財天への信仰が集まり、江の島詣の人々で大変な賑わいを見せました。※拝観時間午前8時30分~午後4時30分/拝観料:大人200円
ところどころに、エスカーという有料エスカレーターがあります。
手水舎 平日でしたが、けっこう参拝者がおられてビックリでした。
参拝に列が・・・。
辺津宮(へつみや)
田寸津比賣命(たぎつひめのみこと) をお祀りしています。土御門天皇 建永元年(1206年)、時の将軍・源實朝が創建。延寶三年(1675年)に再建された後、昭和五十一年(1976年)の大改修により、権現造りの現在の社殿が新築され、屋根には江島神社の社紋「向かい波三つ鱗」が見られます。高低差のある江の島(神域内)では、一番下に位置していることから『下之宮』とも呼ばれ、 島の玄関口にもあたり、神社でのご祈祷は、こちらで主にご奉仕されます。http://enoshimajinja.or.jp/hetsumiya/ より。
境内社の八坂神社
左奥はむすびの木 ちょっと痛々しい状況・・・
展望台広場ウッドデッキより 島の東側が良く見えます。
中津宮(なかつみや)
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)をお祀りしています。
中津宮は、もとの上之宮で、文徳天皇仁壽三年(853年)に慈覚大師が創建。元禄二年(1689年)に、五代将軍・徳川綱吉により、本殿・幣殿・拝殿からなる権現造りの社殿が再建されました。現在の社殿は、平成八年(1996年)の全面的な改修によるもので、元禄二年当時の朱色が鮮明な社殿を再現しています。
平成二十三年(2011年)には幣殿、拝殿の床板を張り替え、御札授与所も再建され、社殿脇には水琴窟を構えた庭園が開園しました(開園時間は午前9時~午後4時/無料)。また、境内に奉納された石燈籠からは、江戸時代における商人・芸人・庶民の信仰の深さをうかがい知ることができます。http://enoshimajinja.or.jp/nakatsumiya/ より。
江の島シーキャンドル 島の南へ来ました。
江の島大師 鹿児島市にある最福寺の関東別院として創建された寺院。不動明王を本尊とし、高さ6メートルの赤不動と呼ばれる像が立つ。
山ふたつ
大きな海食洞の天井部分が陥没した跡で、上から見ると瓢箪のようにくびれ、ちょうど山が二つに分かれているように見えます。約4万年前のものから遥か1650万年前のものまで、悠久の時を重ね形成された地層が、海側の山、サムエル・コッキング苑側とそれぞれに見られます。また、削られた山間からは相模湾が見え、独特の風景を楽しめます。http://enoshimajinja.or.jp/annai/ より。
「山ふたつ」って何だあ?と思って、今しらべて分かったのでした(笑)
西方向へ進みます。
食堂や物産店が道沿いに。。。クローズドした民宿なんかもありました。
奥津宮(おくつみや)
多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)をお祀りしています。多紀理比賣命は、三姉妹の一番上の姉神で、安らかに海を守る神様といわれています。相模湾を臨む岩屋(龍神伝説発祥の地)に一番近い奥津宮は、昔は、本宮または御旅所(おたびしょ)と称され、岩屋本宮に海水が入りこんでしまう四月~十月までの期間は、岩屋本宮のご本尊が、ここ御旅所に遷座したと言われています。
社殿は壮麗を極めていましたが、天保十二年(1841年)に焼失。翌十三年(1842年)に再建されたのが、現在の御社殿(入母屋造り)で、昭和五十四年(1979年)に御屋根が修復されました。また、平成二十三年(2011年)に本殿が百七十年ぶりに改修されました。http://enoshimajinja.or.jp/okutsumiya/ より。
龍宮(わだつみのみや)
奥津宮の隣にあり、岩屋本宮の真上にあたるところに平成五年(1993年)、崇敬者の御篤志により建てられたお宮です。御祭神は龍宮大神。
下ります。
江の島の西へ出てきました。
稚児ヶ淵
岩屋橋 江島神社発祥の洞窟へ。
江の島弁財天信仰の発祥の地です。
多くの高僧や武将がここを訪れて祈願のため籠ったことを「江の島参籠」といってました。夏は岩屋に海水が入るので、昔は旧四月~十月の間は、岩屋本宮の神様を山の上の御旅所(奥津宮)に移していたと伝えられています。岩屋は、第一岩屋と第二岩屋があり、いずれも藤沢市が管理。現在は、何もお祀りされていませんが、多くの石仏や奇岩、句碑などを見ることができます。
http://enoshimajinja.or.jp/annai/ より。
涼しいです^^
右側の狛犬は子どもにお乳を与えています^^
四囲を海蝕崖に囲まれた険阻な地形、海蝕洞「岩屋」の存在は、古来宗教的な修行の場として江の島を特色づけてきた。奈良時代には役小角が、平安時代には空海、円仁が、鎌倉時代には良信(慈悲上人)、一遍が、江戸時代には木喰が参篭して修行に励んだと伝えられている。寿永元年(1182年)に源頼朝の祈願により文覚が弁才天を勧請し、頼朝が鳥居を奉納したことをきっかけに、代々の将軍や御家人が参拝したといわれる。鎌倉時代以後も、その時々の為政者から聖域として保護され、参詣されてきた。弁才天は水の神という性格を有し、歌舞音曲の守護神とされたため、歌舞伎役者や音楽家なども数多く参拝した。ことに音曲に関連する職業に多い視覚障害者の参拝も見られ、中でも関東総検校となる杉山和一の存在は特筆すべきである。参拝者のための宿坊も門前に軒を連ね、関東一円に出開帳を行うなどの活動も見られた。宿坊の中でも岩本院(江嶋寺=こうとうじとも呼ばれた)は有名で、現在の旅館「岩本楼」の前身にあたる。江の島 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2021年5月28日 (金) 05:02
江島神社(えのしまじんじゃ)は、神奈川県藤沢市江の島にある神社である。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。日本三大弁天の一つに数えられる[1]。宗像三女神を祀る。島の西方の「奥津宮(おくつみや)」に多紀理比賣命、中央の「中津宮(なかつみや)」に市寸島比賣命、北方の「辺津宮(へつみや)」に田寸津比賣命をそれぞれ祀り、「江島大神」と総称する。
江戸時代までは弁財天を祀っており、江島弁天・江島明神と呼ばれた。
現在の祭神は明治の神仏分離の際に改められたものである。辺津宮境内の奉安殿には八臂弁財天と妙音弁財天が安置されている。社伝によれば、欽明天皇13年(552年?)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まると伝える。神仏習合により当社は金亀山与願寺と称する寺となった。江島神社 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
うわっ!
ここで修行したんだなあ。
暗かっただろうなあ。
まさに自分と向き合う時間。山の中と同じですね。
良い景色でした。でも残念ながら富士山は拝めませんでしたね。
とにかく暑くて・・・また階段を上って戻る気になれず・・
江の島弁天橋から稚児ヶ淵までをつなぐ遊覧船(400円)で戻りましたよ。
速いです^^
しかし・・・・なぜか無風(笑) なかなか良いコースの参拝となりました。
あっ、弁天橋で島を離れる時に一礼するの忘れちゃった^^;
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★「神社参拝リスト」
参拝した神社の投稿まとめです。
+++++シリーズ投稿の分類一覧 by matol+++++
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