大学授業初日、
教室には金井と涼太の二人だけ。
チャイムが鳴ると、
そそくさと金井は教壇の方に向かい、さらっと言った一言。
「言ってなかったっけ?涼太の先生は僕だよ?」
金井教授に時計作りを教わる日々が始まる!
教科書も指導も一切ない授業。
そんな授業に最初は戸惑いがあったが徐々に慣れてくる。
そそくさと取っ散らかっている時計制作に関する本を片付け
自分のスペースを確保することに最初の3日は費やした。
授業の時計制作の時間中は一切互いに言葉を発さない。
というより、京一郎のその研ぎ澄まされた集中力に圧倒される。
その、時計に潜り込む姿勢。
深く深く入り込む。
同じ部屋にいるのに、別の世界にいるような感覚。
今までに味わったことが無い感覚。
俺はというと、俺なりに必死に勉強しようとしていた。
先生がもはや先生の機能を果たしていないので
どう勉強しようか
悪戦苦闘しながらもがきにもがいた。
まず、勉強の教材はこの部屋に転がっている。
宝の山だ。
これを見てみるか。
目の前にあった分厚い本をおもむろに取る。
…、…。
全部英文じゃねーか。
まあ、今時マイナンバーカードにかざせば
速攻翻訳してくれるから問題ないけど、めんどくせーな。
「ピッ」
ほれ、すぐ日本語だ
「コンプリケーションウォッチとトゥールビヨンが同義でありながら、同義でない」
…何を言ってるんだこいつは。
それからも、いろいろ翻訳して気づいた。
翻訳はしてくれているのだけど、
専門用語が多すぎて何を言ってるのかさっぱりわからないということに。
そのため、原文を日本文に翻訳して、
そこから出てきた分からない言葉をさらに
深堀りして調べるという遠回りなような勉強をせざるを得なかった。
世の中、全然便利になってねーじゃねーか。
その愚痴を夜ごはんの際に、京一郎にボソッとこぼした。
他の話題では、
「そうだね、実に興味深い」
とニコニコしていた京一郎の表情が、
この愚痴にだけは歯を見せなかった。
「いいかい、涼太。世の中にある情報はこの世の全てじゃないんだ。評価がものすごい高い人はごくまれにいる。その人たちはみな共通して、教科書のない茨の道を駆け抜けて、孤独に打ち勝って得た名声なんだ。
教科書だけで完結している人間は永遠に一流になれないよ。
時計制作も最後は自身の感性が奏でるほうに突き進むといい」
真面目に京一郎はそう語ってくれた。
夜が更け、吸い込まれそうな暗闇を背景に、
月の光でやんわりと照らされた京一郎を
ぼんやりと眺めながら、
帰り道おもむろに
感想を吐き出してみた。
「やっぱり京一郎はなんかすげーな」
「涼太もこれからすごくなるから大丈夫さ」
返す刀、暗闇に溶け込みながら、
俺の率直な感想にさらりと応えた。
「そうか?」
思わず、笑みがこぼれた。
次回もお楽しみに!16話へ!
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